[ELECTROLA] K.ツェラー(fl) W.デーリング(cemb) W.ベトヒャー(vc)/ヘンデル:Flと通奏低音の為のハレ・ソナタ1~3番 他

Händel - Wolfgang Boettcher - Waldemar Döling - Karlheinz Zöller ‎– Sonaten Für Flöte Und Basso Continuo

通常価格:¥ 5,500 税込

¥ 5,500 税込

商品コード: 1099-029

作品名:ヘンデル:Flと通奏低音の為のハレ・ソナタ1番, Flと通奏低音の為のハレ・ソナタ2番, Flと通奏低音の為のハレ・ソナタ3番, Flと通奏低音の為のソナタOp.1-1b, Flと通奏低音の為のソナタOp.5-5, Flと通奏低音の為のソナタOp.1-9
演奏者:K.ツェラー(fl)W.デーリング(cemb)W.ベトヒャー(vc)
プレス国:ドイツ,Germany
レーベル:ELECTROLA
レコード番号:1C 063-29033
M/S:ステレオ,stereo
枚数・大きさ:12インチ,30cm×1
評価/レコード:8/7
評価/ジャケット:A
レーベルタイプ:金EMIニッパー, ELECTROLA放射ロゴなし, グルーヴガード厚手, Rights Society:記載なし, (P)なし, スタンパー/マトリクス:A1/B1(ラウンド小文字スタンパー・ELECTROLAタイプ), 国を示す専用マトリクスは使用せず, 補助マトリクス:なし, 1970年代のスタンパーによる1974年製造分, ELECTROLA放射ロゴ付きレーベル存在せず, これより古いレーベル存在せず, 更に古いマトリクス存在せず, モノラル存在せず, RIAAカーヴである, ELECTROLA音源のELECTROLA制作プレス, これは表面隆起の危険因子を含まない安全なプレス, オリジナル, original
ジャケット:表コートペラ, 背文字:あり(黒色・白背景), 裏文字:あり(独/英語), 裏年号:なし, (P)(C)なし, 写真:不明, 原画/被写体:Jan de Heemの絵画・題名不明・Wallraf-Richartz museum所蔵 , デザイン:ELECTROLA Group, ライナーノーツ:Richard Müller-Dombois, 製作:Electrola Gesellschaft m.b.H., 印刷:不明・ドイツ製, オリジナル, original
トピックス:1970年代前期のドイツでのステレオ録音, 音響技師:Johann-Nikolaus Matthes, プロデューサー:Gerd Berg, 録音監督:Gerd Berg, 1974年頃Electrola Gesellschaft m.b.H.によりコピーライト登録・同年当装丁で初リリース, これがオリジナル, フルート奏者カーツハインツ・ツェラー(1928-2005)はベルリンpo.の首席フルート奏者を長年務めた, 当社初入荷の希少盤!演奏:★★★★+, 音質:★★★★+
キズ情報:水洗い洗浄済・water cleaned(静電対策付与・Anti-static measure), 特にキズはないが古いプレスに付き多少のサーフェース音あり・無音ヘアラインある場合あり

商品詳細: フルート奏者カールハインツ・ツェラー(1928-2005)はドイツ、ヴァイマル共和国の生まれ。フランクフルト音楽大学で学び、1945年に17歳でフランクフルト歌劇場管弦楽団の奏者となった。その後、デトモルト音楽アカデミーでクルト・レーデルに学んだ。1950年に北西ドイツ・フィルハーモニー管弦楽団、1952年西部ドイツ放送交響楽団フルート奏者となる。オーレル・ニコレの後任として、1960年から1969年までと1975年から1993年までベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席フルート奏者を務めた。中断していた期間の首席奏者はジェームズ・ゴールウェイである。1967年、ベルリン・フィルの南アメリカ演奏旅行中に交通事故に遭い、肋骨を折る重傷を負うが、教育・演奏活動に復帰した。1960年代録音のバッハのフルートソナタ集がツェラーの代表作だろう。いかにもベルリン風の渋い音色を持つ。レーグラ・ミュラー編の『フルーティストとの対話』という著書に詳しく出てくるようだ。1977年カラヤン/ベルリンpo.と共に来日している。1979年札幌でハンガリー田園幻想曲などを録音した日本盤が存在する。特に実際にフルートを演奏される方たちには相当有名な人らしい。独自の奏法があるらしく、後任のゴールウェイのほうが日本では有名で音も綺麗に洗練されていたがツェラーのようないぶし銀と言ってよい音は出せなかった。まさに古き良きドイツの少し野暮ったい木質系の音を出せる最後の奏者だったのかもしれない。勿論古楽奏法とは縁がない。





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