[DECCA] J.カッチェン(pf)/ベートーヴェン:ディアベッリ変奏曲

Beethoven, Julius Katchen ‎– Diabelli Variations

通常価格:¥ 16,500 税込

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商品コード: 1121-036

作品名:ベートーヴェン:ディアベッリ変奏曲Op.120
演奏者:J.カッチェン(pf)
プレス国:英国, United Kingdom
レーベル:DECCA
レコード番号:LXT 5621
M/S:モノラル, monaural
枚数・大きさ:12インチ, 30cm×1
評価/レコード:8/7
評価/ジャケット:A
レーベルタイプ:銀中溝, Made in England, グルーヴガード厚手, Rights Society:記載なし, (P)なし, TAX Code:E/T(1959年4月~1960年8月を示す), スタンパー/マトリクス:ARL-5005-1A/ARL-5006-1A (ラウンド大文字スタンパー・英DECCA旧タイプ), DECCAモノラル録音・製造を示すARL***で始まりレコード番号を含まない専用マトリクス使用, マトリクスのAはGuy Fletcher (ガイ・フレッチャー)のカッティング担当を指す, 補助マトリクス(3時):C/C, 再補助マトリクス(9時):1/21, 1960年代のスタンパーによる1961年頃の製造分, 旧番号存在せず, 1961年9月(銀中溝)初リリース, 金内溝/銀内溝/金外溝/銀外溝ツヤレーベル存在せず, これより古いモノラル・レーベル存在せず, モノラルの最古レーベル・最厚プレス, 更に古いマトリクス存在せず, これより古い3時存在する, カッティング担当の前任者:なし, ステレオ存在する(SXL 2262), RIAAカーヴである, 英DECCA音源の英DECCA制作プレス, 工場:Decca Record Co. Ltd., Pressing Plant, UK., モノラル・オリジナル, original for mono
ジャケット:折返表コートペラ, 背文字:あり(黒色・白背景・上下絞り), 裏文字:あり(英語解説と英語タイトル), ジャケ裏年号:なし, 当社入荷履歴上で最古の年号/実在する最古の年号:不明(記載ないが当ジャケットである), (P)なし(C)1961, 写真:C. & M. Photographers, 原画/被写体:C. & M. PhotographersによるJulius Katchenの写真とDecca Publicity Art Departmentによるタイポグラフィー, デザイン:Decca Publicity Art Department , ライナーノーツ:名前の記載なし, 製作:The Decca Record Company Limited, 印刷:St. James Press. London & Edenbridge, ラウンド折返両面コートペラ・Scalloped' Flipbacタイプ存在せず, これより古いタイプ存在せず, オリジナル, original
トピックス:1960年10月13 - 14日ロンドン・West Hampstead Studio 1, London・でのモノラル/ステレオ録音, 録音技師:Kenneth Wilkinson, プロデューサー:Kenneth Wilkinson, 編集/マスタリング:Guy Fletcher(ステレオはStanley Goodall), 1961年The Decca Record Company Limitedによりコピーライト登録・同年9月モノラル:LXT 5621(銀中溝)/ステレオ:SXL 2262(ED1)で初リリース, 米国では1961年 London Records: CM 9272/CS 6203で初リリース, 当社ではモノラル初入荷でステレオは未入荷のスーパー希少盤, SXL 2262(ED1)が入荷すれば6万円はすると思われる, ジュリアス・カッチェンは肺癌に侵されていて、1969年春、わずか42歳で帰らぬ人となった, これはカッチェンの最レアアイテム, 演奏:★★★★★, 音質:★★★★+
キズ情報:水洗い洗浄済・water cleaned(静電対策付与・Anti-static measure), 特に音に出るキズはないが古いプレスに付き多少のサーフェース音あり, 無音ヘアラインある場合あり, 1950-60年代初期までのプレスにはそれ以降のプレスよりサーフェース音や散発性ノイズが多いことを御承知いただきたい・また音に出ない難については特別表記はしていません(する場合もあり)

商品詳細: ジュリアス・カッチェン( 1926 - 1969)はアメリカ、ニュージャージー州ロング・ブランチ出身。14歳になるまで、モスクワ音楽院やワルシャワ音楽院の教師であったユダヤ系の祖父母に音楽を学ぶ。10歳でモーツァルトのピアノ協奏曲第20番ニ短調(全3楽章/K.466)を弾いてデビュー。その演奏を聴いていたオーマンディに招かれ、ニューヨークでフィラデルフィア管弦楽団と共演する。1947年の春にヨーロッパ各地を廻り米国には戻らなかった。録音の殆どはDECCAで英国人ではなかったがカーゾンと並びDECCAで看板ピアニストの役割を担った。カッチェンは基本的に弟子をとることをしていなかった。ただ1人の例外が、晩年に教えたパスカル・ロジェである。1968年12月12日にロンドン交響楽団とラヴェルの《左手のための協奏曲》を共演したのが、最後の公開演奏となった。また、同じ時期にローリング・ストーンズのロックンロール・サーカスにも参加し二曲を演奏したがお蔵入りとなり2004年に初公開された。当時、カッチェンは"あまりに急ぎすぎる"、"衝動的に(情熱に駆られてともいえる)突進する"とずっと批判されていた。これに対して、編集者のジェレミー・ヘイズは「それほどに音楽的な衝動に突き動かされてピアニストが弾いているのを聴くことができるというのは、驚くべきことだ」と言っている。英国ではカーゾンと並ぶ人気を誇った。しかし42歳で肺がんの為亡くなった。1949年、彼が23歳の時に弾いたブラームスのピアノ・ソナタ第3番がデビュー録音である。ジョン・カルショウが録音を担当し、以降二人は家族ぐるみの付き合いがある友人同士だった。その後DECCAに9年をかけてブラームスのピアノ作品全集の録音を行い、今もって高い人気と評価を持つ。カッチェン=ブラームスのスペシャリストというイメージが定着した。1966年にシュタルケルがマーキュリーとの独占契約を解消し、アディロンダック音楽祭の創設に関わっていた頃、カッチェンがシュタルケルを訪ねてきて、一緒にブラームスのピアノ室内楽を録音しないかと提案。シュタルケルが呼吸が合うかどうか試してみようと答えたので、数ヵ月後、シュタルケルが演奏会をしていたロッテルダムにカッチェンがパリからやって来て、チェロ・ソナタを一緒に弾いてみた。それから彼らのブラームスの室内楽録音計画がスタート。スークを加え、ブラームス室内楽全集が始まった。1969年春にブラームスのピアノ四重奏曲・ピアノ五重奏曲の録音と、チェロ・ソナタ(第1番)の再録を開始する予定だったが、4月にカッチェンが急逝したため、この計画は実現しなかった。1968年11月に、ケルテス指揮ロンドン交響楽団の伴奏により、ラヴェルの「左手のためのピアノ協奏曲」が、カッチェンが残した最後の録音となった。

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