[DGG] A.タウアー(vc) Z.マーツァル指揮チェコpo./ドヴォルザーク:Vc協奏曲

Anja Thauer, Dvorak ‎– Konzert Für Violoncello

通常価格:¥ 55,000 税込

¥ 55,000 税込

商品コード: 1130-053t

作品名:ドヴォルザーク:Vc協奏曲Op.104
演奏者:A.タウアー(vc)Z.マーツァル指揮チェコpo.
プレス国:ドイツ, Germany
レーベル:DGG
レコード番号:139 392 SLPM
M/S:ステレオ, stereo
枚数・大きさ:12インチ, 30cm×1
評価/レコード:8/7
評価/ジャケット:A
レーベルタイプ:チューリップ゜MIG内溝, グルーヴガード厚, Rights Society:DP, (P)1968(刻印のみ), スタンパー/マトリクス:00 139392 A/00 139392 B(ラウンド小文字スタンパー・DGG通常タイプ), 1960年代DGGステレオを示す00 13***で始まりレコード番号を含む専用マトリクス使用, 補助マトリクス(Time Code):H8 ◇k/H8 ◇k, 再補助マトリクス:1C /1C, 補助マトリクスにカッティング担当を表すイニシャルはない, ラウンドで幅広レコード番号マトリクスなし, 1968年/1968年のスタンパーによる1968年頃製造分, チューリップALLEレーベル存在せず, これより古いレーベル存在せず, 最古レーベル・最厚プレスである, 更に古いマトリクス存在せず(A/Bで枝番なしの初回分), モノラル存在せず, RIAAカーヴである, DGG音源のDGG製作プレス, 製造:Deutsche Grammophon Gesellschaft Pressing Plant, 限りなく完全初回プレスに近いオリジナル, original
ジャケット:両面コートペラ, ジャケ裏の色:クリーム, 背文字:あり(黒色・クリーム背景・上黄), 裏文字:あり(独/英/仏語解説と独/英/仏語タイトル), ジャケ裏年号:なし, (P)(C)なし, 当社最古の裏年号/存在する年号:不明(記載ないが当ジャケットである), 写真撮影者:Klaus Zimmermann. Hamburg, 原画/被写体:Klaus ZimmermannによるAnja Thaueのカラー写真とタイポグラフィー, デザイン:DGG Group, ライナーノーツ:Kamil Slapak, 製作:Deutsche Grammophon Gesellschaft mbH , 印刷:Gebrüder Jänecke, Hannover, オリジナル, original
トピックス:1968年3月28・29日プラハでのステレオ録音, 録音技師:Günter Hermanns, プロデューサー:Rainer Brock, 1968年Deutsche Grammophon Gesellschaft mbH によりコピーライト登録・同年当番号・当装丁にて初リリース, 1970年代 Heliodor:2548 134で再版されたがそれでさえ1万円以上する超希少LP, 当社25年間の入荷上でも二度目のスーパーレア盤で超人気盤, 当盤は初回マトリクスA/Bの限りなく完全初回に近いプレス, 演奏:★★★★★, 音質:★★★★+
キズ情報:水洗い洗浄済・water cleaned(静電対策付与・Anti-static measure), 特に音に出るキズはないが古いプレスに付き多少のサーフェース音あり・無音ヘアラインある場合あり, 1950-60年代初期までのプレスにはそれ以降のプレスよりサーフェース音や散発性ノイズが多いことを御承知いただきたい・また音に出ない難については特別表記はしていません(する場合もあり)

商品詳細: A.タウアー(vc)Z.マーツァル指揮チェコpo.によるドヴォルザーク:Vc協奏曲、オリジナル。DGGという大レーベルに録音を残しているにも関わらずA.タウアーをご存知の方は多くはないだろう。マイナルディ・ナヴァラという巨匠に師事し国内外で活躍していたが突然消息を絶ってしまった。28歳で自ら命を絶ったという情報もあるが確かな事は分っていない。2人の巨匠の技術は勿論、情熱までを受け継いだような素晴らしいチェリスト。再販が独HELIODOR 2548 134である。アニア・タウアー(1945-1973)はジャクリーヌ・デュ・プレと同じ1945年ドイツ・リューベック生まれの女流チェロ奏者。28年の生涯という短命だった為、残された録音は極めて少ない。DGGに2枚の正規録音があるだけである。ニュルンベルク音楽院でチェロを学び、12歳で母のピアノ伴奏で初舞台を踏む。13歳の時にバーデン=バーデンでオーケストラと初共演を果たした。14歳の時にシュトゥットガルト音楽大学のルートヴィヒ・ヘルシャーのマスター・クラスに入った。翌年には奨学金を得てパリ音楽院に入学し、アンドレ・ナヴァラの薫陶を受けた。1962年にはパリ音楽院内の学生コンクールで優勝している。この時、作曲家のジャン・フランセと共演する機会を得て、別のLPにフランセ:チェロとピアノのための幻想曲を録音している。(ピアノパートはジャン・フランセ)。このLPにはレーガー:無伴奏チェロ組曲第3番も入る希少高額LPとなっている。1961年にドイツ文化賞を受賞、1964年にはニュルンベルク市より振興賞を贈られた。28歳の時、既婚の医師と深い仲となり,その医師が自殺したということが伝えられており,その後,タウアーはヴィースバーデンで後追い自殺したらしい。真相は謎のままである。生きていればデュ・プレと並ぶ大御所になっていたことは間違いないだろう。デュ・プレのような大胆さがありより情熱的である。妖艶とまで言える表現力と艶のある音色で今は伝説と化している謎多き女流である。

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