[Le Club Français Du Disque] R.ブルダン(fl-piccolo) G.F.ヘンデル, K.シュルップ, H.ビュンテ(vn) K.リステンパルト指揮/ ヴィヴァルディ協奏曲集

[ 1232-044b ] Orchestre de Chambre de la Sarre, Karl Ristenpart – Vivaldi

通常価格:¥ 2,750 税込

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商品コード: 1232-044b

作品名:ヴィヴァルディ:協奏曲集/ピッコロ協奏曲イ短調 RV445 P.83, ピッコロ協奏曲 ハ長調 RV443 P.79 | Vn協奏曲イ短調 RV不明, 2Vn協奏曲 ニ短調 RV不明, 3Vn協奏曲 イ長調 RV不明
演奏者:R.ブルダン(fl-piccolo)G.F.ヘンデル, K.シュルップ, H.ビュンテ(vn)K.リステンパルト指揮ザール室内o.
プレス国:フランス, France
レーベル:Le Club Français Du Disque
レコード番号:332
M/S:モノラル, monaural
枚数・大きさ:12インチ, 30cm×1
評価/レコード:7/6
評価/ジャケット:A
キズ情報:B面3時に小7回出点あり
レーベルタイプ:【フランスでのモノラル・オリジナル】---赤白/黒浅中溝, 5時にMade in France, ナイフエッジ厚手重量, Rights Society:記載なし, (P)なし, スタンパー/マトリクス:CA 664 /CA 665 (手書き文字スタンパー・Le Club Français Du Disque旧タイプ), Le Club Français Du Disqueモノラル製造を示すCA***で始まりレコード番号を含まない専用マトリクス使用, MスタンパーはなくPathéプレスではない, 1960年代スタンパーを用いた1964年頃の製造分, 旧番号存在せず, これより古いモノラルレーベルは存在せず, 更に古いマトリクス存在せず, ステレオ存在する, RIAAカーヴである, Le Club Français Du Disque音源のLe Club Français Du Disque制作プレス不明, 工場:不明, モノラル・オリジナル, original for mono
ジャケット:【フランスでのモノラル・オリジナル】---両面紙ペラ, Princeps – 11, リブレットは元々添付されない, 表記されたジャケット番号:332, Price Code:なし, 背文字:あり(黒色・白背景・上下絞り), (P)(C)なし, ジャケ裏年号:なし, 当社入荷履歴上で最古の年号/存在が確認された年号:不明(年号記載ないが当ジャケである), 製作:Le Club Français Du Livre, 印刷:記載なし・フランス製, Princeps以前のシリーズは存在せず, これより古いモノラル・タイプ存在せず, モノラル・オリジナル, original for mono
トピックス:1964年又はそれ以前のザールブリュッケンの北西ザールイ(Saarlouis)の近くのフラウラウターン(Fraulautern)でのモノラル/ステレオ録音, 録音詳細不明, 1964年頃Le Club Français Du Livreによりコピーライト登録・同年Le Club Français Du Disqueからモノラル/ステレオ:332(当装丁)/332にて初リリース, モノラル/ステレオ同一番号, 1964年頃米国Nonesuch:H-1022/H-71022でリリースされた, リステンパルトの珍しい録音, 演奏:★★★★★, 音質:★★★★★

商品詳細:リステンパルトのクリュブ・フランセでのヴィヴァルディには348という番号もあるがこちらは別に332番で内訳はピッコロ協2曲、1台、2台、3台Vn協が1曲ずつ計5曲。ピッコロはフルート奏者のR.ブルダンが担当、第1VnがG.F.ヘンデル。他、ザール室内o.の主力メンバーで構成。それより、ヴィヴァルディのような曲でも、リステンパルトが振れば、曲が曲としての生命感を持つ。ここが他の指揮者と決定的に異なる所。曲それぞれの特徴が際立ち、弾む曲はより弾み、沈む曲はぐっと沈む。曲があるべき姿になってゆく。それを操るのがリステンパルトの棒。1953年の夏からリステンパルトはザール室内管弦楽団の指揮者として活動を開始した。その時点でザール室内管弦楽団は16人の音楽家で構成され、その内の10人はリステンパルトと共にベルリンから移った若い音楽家だった。中ではヘンデル・カルテットのリーダーであったゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルが管弦楽団の首席ヴァイオリン奏者となった。続いてフランスの一流演奏家との共演はとりわけ実り多いものとなった。多くの演奏会、録音、交流が生まれることになった。たとえば、フルート奏者のジャン=ピエール・ランパルや彼の木管アンサンブルである〝Le Quintette à vent Français〟のメンバーたちである。ここではロジェ・ブルダンが参加。1967年12月、リステンパルトはグルベンキアン室内管弦楽団との演奏旅行でポルトガルに滞在中に心臓発作に襲われ、クリスマス・イブにリスボンの病院で死去した。ザール室内管弦楽団はリステンパルトの死という喪失を生き延びることはできなかった。リステンパルトの死後、高名なチェリスト、アントニオ・ヤニグロ(Antonio Janigro)を指揮者として迎え4年間の活動が続いたが(1968年~1972年)、中心になっていた音楽家である首席ヴァイオリン奏者のゲオルク·フリードリヒ·ヘンデルとその妻で首席チェロ奏者のベティ・ヒンドリクス=ヘンデル(Betty Hindrichs-Hendel)を1970年に自動車事故で失なうことになった。1973年にザール室内管弦楽団はザールブリュッケン放送交響楽団に吸収された。---http://en.wikipedia.org/wiki/Karl_Ristenpart より。ザール室内管弦楽団と運命共同体とも言えるLe Club Français Du Disqueレーベルは1968年に15年間の活動に幕を閉じた。

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