[Ducretet Thomson] F.ジャキノゥ(pf) / リスト:巡礼の年第1年「スイス」~5曲, 巡礼の年第2年「イタリア」~1曲

Fabienne Jacquinot, Franz Liszt – Années de pèlerinage Suisse (extraits)

通常価格:¥ 11,000 税込

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商品コード: 1243-003

作品名:リスト:Pf 作品集/巡礼の年 第1年「スイス」(全9曲)~第5曲 嵐, ~第2曲 ヴァレンシュタットの湖で, ~第1曲 ウィリアム・テルの聖堂 | ~第4曲 泉のほとりで , ~第9曲 ジュネーヴの鐘 , 巡礼の年第2年「イタリア」(全7曲)~第1曲 婚礼
演奏者:F.ジャキノゥ(pf)
プレス国:フランス, France
レーベル:Ducretet Thomson
レコード番号:250C 056
M/S:モノラル, monaural
枚数・大きさ:10インチ, 25cm×1
評価/レコード:7
評価/ジャケット:A
キズ情報:
レーベルタイプ:【フランスでのオリジナル】---黄白茶輪, 6時にMade in France, 3時にMicrosillon incassable Longue Durée 33T, 1/3, フラット重量, 表記されたレコード番号:250 C 056, Price Code:Série Standard(9時), Rights Society:DP, (P)なし, スタンパー/マトリクス:LD-1883-LM1-1 JA /LD-1884-LM1-2 JA (手書き文字スタンパー・Ducretet Thomsonタイプ), Ducretet Thomson録音を示すLD-***で始まりレコード番号を含まない専用スタンパー使用, 補助マトリクス:なし, 再補助マトリクス:なし, Pathéプレスではない, 1950年代のスタンパーによる1957年頃製造分, フラット盤の最初期分, これより古い仏レーベルは存在せず, フランスでの最古レーベル・最厚プレスである, 更に古いマトリクス存在せず, ステレオ存在せず, RIAAカーヴではない, 12"が存在せず, Ducretet Thomson音源のDucretet Thomsone製作プレス, オリジナル, original
ジャケット:【フランスでのオリジナル】---折返両面紙ペラ, 表記されたジャケット番号:250 C 056, Price Code:Standard, 背文字:なし(初期の証拠), ジャケット裏年号:なし, (P)(C)なし, 当社入荷履歴上で最古の年号/存在が確認された年号:不明(年号記載ないが当ジャケットである), 製作:Compagnie Française Thomson-Houston, 印刷:F.Richir-Maitre-Imprimerie-Paris-Le Perreux, これより古いタイプ存在せず, オリジナル, original
トピックス:【入荷2度目の希少タイトル】---1957年頃又はそれ以前のパリでのモノラル録音, 録音詳細不明, 1958年頃Compagnie Française Thomson-Houstonによりコピーライト登録・同年Ducretet Thomson:250C 056(当装丁)にて初リリース, F.ジャキノー(pf)はDucretet Thomsonにリスト作品集が全部で3枚ある・250C 036(リスト:Pfソナタ)/250C 056(当盤)/255C 101(リスト:巡礼の年「イタリア」~5曲)・全て10", 他シューマン:謝肉祭Op.9(270C 094), が存在する, 英PARLOPHONEに録音した協奏曲LP3枚もある(PMC 1005/PMC 1019 /?), また1983年9月23日パリ・サル・ガヴォーでのリサイタル盤・BNL 230983もある

商品詳細:ファビエンヌ・ジャキノゥ(1927-2016)はパリ生まれの女性ピアニスト。ニーダーマイヤー学校に入学し、ヴィクトル・ストウブのピアノ クラスに入学し、その後サンティアゴ・リエラのピアノ クラスに入学した。 1914年にパリ音楽院で一等賞を受賞。11 歳でソルフェージュ楽器で 2 番目のメダルを獲得した。そこで、彼女は 1942 年にイヴォンヌ・ロリオと同じ年に 2 位を獲得し、翌年、15 歳でジャン クロード・エングルベール、ジャン・ミッシェル・ダマーズ、そして再びイヴォンヌ・ロリオと並んで 1 位を獲得した。それ以来、彼女の国際的なキャリアが急速に開かれる。1946 年 2 月 5 日、彼女はスイスのジュネーブ 音楽院で、ベートーベン、シューマン、ショパン、リスト、ドビュッシーなどの作品でコンサートを行った。 2月11日、Radio Sottensで、Orchester de la Suisse Romandeと共演し、その後、イヴ・ナットのピアノ教室に参加。1951年4月、パリでアンリ・ボーの指揮するコロンヌ管弦楽団と共に、フランスでピアノ協奏曲を初演した。1953 年、26 歳のとき、彼女はすでにヨーロッパとアフリカ、特にマドリード シンフォニカ オーケストラとスペインでコンサートやリサイタルを行っていた。1955年、彼女は今度は南米に行き、ブラジル、メキシコ、コロンビア、グアドループ、西インド諸島でコンサートを行う。12 月 15 日にハイチで演奏した後、プエルトリコに行き、ドミニカ共和国でのツアーを終えた後、1956 年 1 月初旬に北米で演奏した。音楽評論家たちは、それらの演奏の繊細さと繊細なタッチに敬意を表した。 そして彼女のテクニックの成熟した完成度を評価した。1950年代に英PARLOPHONEに数枚の協奏曲LPを残した。それらとは別に1950年代仏Ducretet Thomsonに少なくとも4枚の10"を録音しており、全て10"である。内3枚はリストの作品でその中の2枚は巡礼の年~数曲を抜粋したものである。リストは彼女のお気に入りだったのだろう。パリ音楽院スタイルを持ったピアニストでリストもこのようにゆったりと抒情的に演奏されるとショパンなどと同等に愉しむことが出来る。日本では殆ど知られないままとなったファビエンヌ・ジャキノゥをリスト弾きと断定することはできない。シューマンなどの録音もあり、そちらも評価が高い。28歳の時に突然演奏活動を中止してから長い沈黙の後、1980年代になって突然リサイタル盤を発売し驚かせたピアニストである。長い間パリに住んでいたが、ギリシャでも生活し、頻繁に旅行をして、夫の故国であるギリシャに移住し2016 年 8 月 26 日、88 歳でアテネの邸宅で亡くなった。

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