[SUPRAPHON] K.シェイナ指揮チェコpo. / ドヴォルザーク:交響曲7番Op.70

Dvořák - The Czech Philharmonic Orchestra, Karel Šejna

通常価格:¥ 3,300 税込

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商品コード: 1223-038

作品名:ドヴォルザーク:交響曲7番Op.70
演奏者:K.シェイナ指揮チェコpo.
プレス国:旧チェコ・スロバキア, Czechoslovakia
レーベル:SUPRAPHON
レコード番号:SUA 10161
M/S:モノラル, monaural
枚数・大きさ:12インチ, 30cm×1
評価/レコード:7
評価/ジャケット:A
キズ情報:B面11時に無音小スレあり
レーベルタイプ:【旧チェコ・スロバキアでの輸出仕様再版】---青/銀SC, ▽M33, 12時にMade in Czechoslovakia, フラット重量, (P)なし, Rights Society:記載なし, 英語表記・国内輸出共用仕様, Price Code:G (Kčs 36, –), スタンパー/マトリクス:VM 61 K A/ VM 62 T 1A (ラウンド小文字スタンパー・SUPRAPHONタイプ), SUPRAPHON規格モノラル製造を示すVM***で始まりレコード番号を含まない専用マトリクス使用, 補助マトリクス:なし, copyright year code(レーベル登録初年号):なし(対象外) , Manufacturing date code(実際に製造された年/月を示す・ない場合はcopyright year codeと同年):なし, 1960年代製造のスタンパーを用いた1962年頃の製造分, 旧番号:あり, 旧番号に白/赤青・青/金輪レーベル・フラット重量盤が存在する, これより古いレーベル存在する, 最古レーベル・最厚プレスではない, 更に古いマトリクス存在する, ステレオ存在せず, RIAAカーヴである, SUPRAPHON音源のSUPRAPHON制作プレス, 輸出仕様再版, re issuee for export
ジャケット:【旧チェコ・スロバキアでの輸出仕様第2版と思われる】---折返表コートペラ, 表記されたジャケット番号:SUA 10161, Price Code:なし, 背文字:なし(初期の証拠), チェコ語/英語表記・国内/輸出共用仕様, (P)なし(C)1962, ジャケ裏年号:なし, 当社入荷履歴上で最古の年号/存在が確認された年号:不明(年号記載なが当ジャケットではない旧番号あり), 製作:Supraphon a. s.., 印刷:記載なし・チェコ製, 輸出事務所:Prague Artia, 旧番号あり・旧デザイン存在すると思われる, 第2版と思われる, 2nd issuee for export
トピックス:1951年プラハでのモノラル録音、録音詳細不明, 1951年Supraphon a. s.によりコピーライト登録・同年SUPRAPHON~国内仕様:MIKRO 20(クリーム/橙内溝レーベル・フラット盤・共通ジャケット入り)にて初リリース→1953年頃 DV 5020, 輸出仕様は1953年頃LPV 27(白/赤青内溝レーベル・フラット盤)→1955年頃同一番号(青/金輪内溝レーベル・フラット盤)→1962年SUA 10161(当装丁)にて番号変更・再リリース, 旧番号の入荷は殆どない, これも十分古い初期盤, K.シェイナ指揮チェコpo.は最初のモノラル全集録音で5/6/7番の3曲を担当した, モノラル・オーディオファイルLP!

商品詳細:SUPRAPHONでの最初のドヴォルザーク交響曲全集では全てモノラル録音で1955年頃までに完成した。第9番はターリヒが指揮している。カレル・シェイナ( 1896- 1982)はチェコのコントラバス奏者、指揮者である。長くチェコ・フィルハーモニー管弦楽団の副指揮者をつとめた。1921年にチェコ・フィルハーモニー管弦楽団の首席コントラバス奏者に指名され、その後すぐ1922年7月25日、プラハの「Žofín Palace」での演奏会で指揮台にも立った。当時のチェコpo.の首席指揮者ヴァーツラフ・ターリヒの勧めで指揮活動を始める。シェイナを信頼してさらに困難な仕事を任せるようになったターリヒは、チェコスロヴァキア鉄道労働者交響楽団 (Czechoslovak Railway Workers Symphony Orchestra) の指揮者の地位に彼を推薦した。1925年から1936年までそのアマチュア楽団の指揮者として過ごすとともに、1926年から1938年まではフラホル合唱団 (Hlahol Choir) の合唱指揮者としても活動した。1938年からはチェコpo.の副指揮者として活動し、数百回の公演で指揮棒を振った。彼が1965年に退団するまで、同楽団の首席指揮者はターリヒ、クーベリック、アンチェルへと変わっていった。その間、1948年に首席指揮者を務めていたクーベリックがイギリスへ亡命し、一時チェコpo.の首席指揮者の後任が空白だった時期には、シェイナが首席指揮者に指名されていたことがある。1960年に功労芸術家の称号を得る。1972年2月11日、チェコpo.との最後の公演での演目は、マーラーの交響曲第4番だった。1982年、プラハで死去。シェイナは国際的な名声を得ることはなかったが、国内に留まり、70を超える録音(モノラル録音が多い)をSUPRAPHONに残している。SUPRAPHONの創設期の重要な指揮者の一人であったことは間違いない。初回ドヴォルザーク交響曲全集にも参加したことからも証明される。1959年に録音されたスラヴ舞曲は、1977年、パリで Cithare d´argent - Grand Prix de l´Association Française を受賞した。今後は注目されてしかるべき指揮者だろう。ターリヒに訓練されただけあって職人的で堅実なスタイル。パワーは申し分ない。単に知名度が無かったに過ぎない。ターリヒの路線を最もしっかりと受け継いだ指揮者といえる。モノラルの芯の強い音が飛んでくる。モノラル・オーディオファイルLP!

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