「ETERNAの芸術」特設ページを作るに辺り、
エンジニア担当の辻裕行さんからメッセージを寄稿していただくのは
担当者が熱望していた企画でした。

ところが、なんとも非常に嬉しい誤算で、
11月の某日、弊社代表の高荷の立ち合いの元、
ロング・インタビューをお願い出来る事になり…。

ETERNAサウンドの秘密から再生媒体の変遷の歴史まで、
熟達の音響技師による数多の示唆に富んだ回答を
是非お楽しみください!


【Question】

今回、最新のデジタル技術でETERNAのアナログ音質を再現するという、
かなり難易度が高いというか手間の掛かる企画となった訳ですが、
ここまでの印象を教えてください。

【Answer】

マスター・テープと実際にプレスされたレコードを比較して
レコードの音質を忠実に再現するというのは
過去に聞いたことが無い企画で、
もちろん自分でも初めての挑戦でした。

高解像度のSACDとアナログ・レコードでは、
音質が異なる可能性は予想していて、
それをどう表現していくかというのが最初に想定していた課題でした。
そもそも、この課題をクリアしていないSACDでは
出す意味が無いと最初に高荷さんがおっしゃっていましたので。

…ところが、実際に聴き比べてみると、
そもそもマスター・テープとレコードで全くと言って良いほどに音質が違う。
最低限の処理をして『マスター・テープを忠実に再現しました』という、
良くある復刻盤の手法では駄目だな、というのが一番最初に感じたことです。


実は今回のインタビューで一番聞きたかった事が、
V字ステレオに代表されるETERNAサウンドの秘密が、
エンジニア視点ではどう見えたのか、なんです。


まずマスター音源を聴いた時に感じたのが、結構「ハイ上がり」だなと。
つまり高音域が強調された音だったんです。
当時の環境で言えばカッティングを経てビニール盤になるのが最終段なので、
それを見越しての設計なのかも知れません。

例えば自分の経験でも複数のトラックをテープに重ねていく度に、
最初の方に録ったトラックが周波数的に削れていくのを経験しているので、
マスターはハイ上がりな状態にしておいたのかも知れません。
いずれにせよ、この音質ではヴァイオリンの音が痛くて間違いなく聴きづらい。

問題は、マスター・テープとレコードの音質の差は明確ですが、
ここを繋ぐ情報が現代には何も残されていない訳ですよね。
スタッフ全員で聴き比べた後「さあ、どうしましょう…?」と(笑)
高荷さんが「とりあえず中域を上げてみませんか?」と口火を切ってくれて、
そこからレコードの音質に近付けていく作業が始まった感じです。

「マスター・テープの音が必ずしもベストとは限らない」
これが凄く良く分かったのは大きな収穫でしたね。


少しマニアックな質問になりますが「中域」と言うのは、
どの辺の周波数だったんでしょうか。


高荷さんに言われた時に思ったのは400~800ヘルツ辺りですね。
あと100~200ヘルツの低域のあたりも少し。

今となっては当時のエンジニアの意図までは分からないですが、
相対的に勝ちすぎている高域を落として中低域を持ち上げる。
この作業を前提としてマスターが作られているのではと思いました。
もちろん、作品によるとは思いますが。

録れていない周波数を持ち上げるのは非常に難しいですが、
存在している周波数を下げるのは楽なので、
製作の効率も考えて意図的にハイ上がりにしていたのかも知れません。


最終的なメディアに合わせて録音時に細工をしておくと言うのは、
一般的な手法なんでしょうか。


自分の経歴は録音エンジニアから始まるのですが、
当時(80年代中期)はアナログ・レコーディングの成熟期と言うか、
恐らく一番頂点を極めていた時代だったんです。

アナログテープに録音する際に少し高域を上げて録音するのは
当時も割と一般的だったように思います。
特にマルチトラック・レコーディングの場合は。

ただしCDも既にリリースされていたので、マスターは同一の物でした。
レコードでも、CDでも、カセットテープでも。
そこから先は最終段階を担当するマスタリング・エンジニアや、
カッティング・エンジニアに任せる形です。


となると最後のマスタリングやカッティングが非常に重要ですよね。
同じ音源を、音質が異なるメディアで出して、満足度は変わらない様にという。


それはもう、責任重大です。
そこから先は音質を修正できなくなる最終段階ですから。
下手な事をすると全てが駄目になってしまうという、
そういった恐怖がマスタリング作業では常にあります。

例えば録音エンジニアなら企画内容によっては色んなスタジオに行くんですが、
マスタリング作業ではフランチャイズというか「自分の部屋」でないと駄目です。
同じコンソール、同じスピーカーで、部屋の音響特性とかも把握して、
とにかく基準がズレない様にする必要がある。

先ほどの繰り返しになりますが、
今回マスター・テープと実物のレコードとを比べる事で
この最終段階の部分にETERNAサウンドの「肝」が有った事が分かったのが、
本当に大きな収穫だったと思います。



【Question】

弊社に関心を持つオーディオ・ファンは基本的にアナログ嗜好で、
今回の企画を機にSACDを始めようとするとシステムに不安が有るのではと。
プレイヤー、DAC、アンプ、スピーカーなど、
なにか機材の導入についてアドバイスが有れば教えてください。

【Answer】

まず、今回のSACD企画における自分のミッションは
「現代のSACD技術でアナログの音、ETERNAサウンドを蘇らせる」ことに有りました。
ですので、SACDプレイヤーさえ有ればアナログ用のシステムでも充分楽しめる筈です。

それを踏まえて…その中から選ぶならスピーカーですね。
昔から言われている「入口と出口に予算を使え」というのは今でも自分の感覚にあるので。
例えばレコードだったらカートリッジとスピーカーです。
デジタル音源と言っても最後はアナログ回路を経由するので、
既に良質なシステムをお持ちなら、
そこそこのSACDプレイヤーでも満足できる音が出てくる気がします。

ホームオーディオでDACまで拘るとなると、
少しマニアックな領域に入ってきてしまう印象ですね。
逆にそこを悩めるって事は予算が有る人だと思うので、
思い切って買ってみる事をオススメします(笑)


身も蓋もない話ですが、やはり予算は重要だと。


高額で低品質っていう機材は、そんなに無い気がするんです。
逆にリーズナブルで超高品質っていう機材も、殆ど無いと思います。
どうしても金額の多寡の影響は受けますね。

今ふと思い出したんですが、以前ジャズのSACD企画に携わった時に、
いつも自分が使うスタジオで視聴会みたいな事をやったんですよ。
或る所から借りた300万円くらいのSACDプレイヤと、
仕事でいつも使ってる10万円くらいのSACDプレイヤを比較した訳です。
プレイヤー以外のケーブルやスピーカーなどの条件は一緒にしていましたが、
音の深みが全然違うので驚いた記憶が有ります。

他にも電源を含めたケーブルの重要性も大きいと思います。
録音の際に全て持ち込みケーブルに取り替えたミュージシャンが居ましたが、
明らかにEQ等のトラッキング作業がしやすくなった経験が有りました。
ただ、自分の趣味用に高額なケーブルを買おうとは思いませんが。


仕事の時とは別の発想になるわけですね。


自分用に機材を買う場合は、それこそまず「予算を決める」事から始めます。
その中で何なら買えるのか、買う価値は有るのかと試行錯誤するわけです。
たまに自分でも行くのですが、リスニング・ルームがある店で実機を試すのも良い。
機材の選択は、出来るだけ足を使って色々と聴き比べてみるのが重要ですね。
まあ自宅に持って帰ったら「あれ?」って事も良くある話です(笑)

一番大事なのはリファレンス、基準となる音を自分の中に作ること。
安い物から揃えて徐々に自分好みの音に仕上げていくでも良いし、
ある程度の評価が既にされている機材を買ってスタートするのでも良いと思います。
結局、自分が好きな音って言うのは自分で聴かなきゃ判断できないので。

多分、音って本当に色々な要素が関わっていて、
機材ひとつ取っても「この部分が一番大事」って言い切る事は出来ません。
自分の中のリファレンスや理想が無いと煮詰まってしまうし、
悪循環を起こして必要ない機材を使ったりと、
無駄な時間ばかりが増えてしまいます。

今回の企画で聴いたETERNAのマスター・テープの中にも、
第一楽章と第四楽章で録り音の質感が全然違う作品も有ったんです。
そうなると最後は人間が耳を使って音質を決定していくしかないですよね。
最終的にはオーディオも一緒では無いでしょうか。

エンジニアの先輩から言われた事なのですが、
オーディオには「失敗が付きもの」というのと、
どれだけ経験を積んでも「100%満足できる事はない」
これが大事なポイントかも知れません。

音が変わるのであれば、どんな機材も無意味ではないと思いますし、
「信じる者は救われる」みたいな世界でも有りますよね。
インプットや経験を増やして、自分好みの音を作っていくしかないんだと思います。



【Question】

2023年、欧州に続きアメリカでもレコードの売り上げがCDを抜いたそうです。
この世界規模で起きているレコードへの回帰現象はどう感じていますか?

【Answer】

キングレコードでもCDの発売タイトルで考えると7割減とかでしょうか…。
世界的に見てCDの需要というのが減っているのは確かな様です。

個人的な印象で言うと、まあ最初は正直ファッション感覚なんだろうなと。
30cmサイズのジャケットの良さを知っている世代ですが、
機材を買い直してもう一度レコードを聴こうという感覚が自分には無かったので。
だから何割の人が買った後にちゃんと聴いているんだろう?って思いが有ったんです。
飾って眺めるだけでも楽しいですからね。

…ところが、ここ何年かは、
どうやら只のファッションでは無さそうな事も分かってきて。
この間も渋谷のタワーレコードに行ったら、
ワンフロアすべてレコード売場になっていましたし。

ちゃんと新規のレコード・ファンが存在して商売になる事に気付いたので、
メジャー・レーベルでも真剣にもう一度レコード製作に取り組み始めています。
専門学校に寄贈してたり倉庫に眠らせたりしていたカッティング・マシンを、
もう一度使える様にメンテナンスしたりとか…。

ただ、SNSとかも含めたデジタル配信と違って、
レコードのカッティングは高価な機材と職人的な技術とが、どうしても必要。
これはまだ、とてもアマチュアには手が出せない領域です。

手に技術を持ったプロのカッティング・エンジニアとなると、
やはり当時を知る高齢の方が多いので今後は若い世代に頑張って欲しいし、
将来的にはそうなっていく気がしますね。
独学で学んだ優秀なプロだって存在している訳ですから、
やる気の有る若手の登場に期待しています。


少し危ない領域に入ってくる質問なのですが、
デジタルとアナログの音質論争への見解はどうですか…?


自分の場合は熱心なオーディオ・ファンっていう訳じゃないので
そんな大した意見は有りませんけど、「選択肢が有る」っていうのが凄く良いと思います。

例えば日本では一時期アナログのプレス工場自体を殆ど潰してしまい、
音楽を聴く時は全てCDで聞くしかない、みたいな時期が有ったんです。
CDという確立した音質のフォーマットが有り、
更に良い音を追求した高音質のデジタル配信やSACDが生まれ、
一方でアナログ・レコードの良さも再評価されている。
これは音楽にとって、凄く正しい方向に向かっていると思います。

選択肢が有るなら、自分の好みに有った物を買える訳です。
それこそ作品によってはカセット・テープの再復刻だって有りますから。



【Question】

辻さんはエンジニアとしてアナログとデジタルの移り変わりを
時代的にダイレクトに体験したと思います。
仕事上での変化は大きかったですか?

【Answer】

実は、自分の勤めるスタジオに置いてあるのは、
今でもメイン・コンソールはアナログ機材です。
コンプレッサーやEQ等の周辺機器にもアナログ機器があります。

とはいえ、Pro ToolsなどのDAWを使った、
HDDレコーディングがもう何年も前から主流です。
まあ、リズムやピッチなんかも含めて、
後から幾らでも修正できるのは良いんだか悪いんだか…。

アナログ・コンソールで仕事をした時、
最後にマスター・フェーダーを下げた時に感じる
「ああ、これで一曲終わったんだ」というあの感覚は未だに捨てがたいものが有ります。


※DAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)は、
 デジタルで録音、編集、ミキシングなどの作業が出来る様に構成された、
 一体型のシステム/ソフトウェアのこと。
 その中でもPro Toolsは世界的に見ても業界標準となっており、
 音楽製作に限らず映画業界や放送業界でも使用されている。



機材がデジタル化というかパソコンでのシミュレーションに変わっていった理由として、
やはりアナログの実機は壊れた時のメンテナンスが大変というのが有ると思うのですが…。


そこは矢張りプロの世界ですから。
キングの関口台スタジオの中に機材を取り扱う専門部署が有って、
古い機材が壊れた時や、既製品の音を変えたいなって時に即座に対応してくれます。
そこの部署の若手なんて遠慮無しにズケズケ言ってきて、先輩を先輩とも思わない(笑)
けれど、それは立場に関係なく対等に喋れるっていう良い関係性だなと。

ただ、ヴィンテージ神話みたいなものは返答に困る時が有ります。
後輩に「~って機材は、~な音ですかね?」とか聞かれても、
「自分が若手の時も既にヴィンテージだったしなあ…」って。


音質の違いについてエンジニア視点で感じることは有りますか?
デジタルの分解能が上がれば音の解像度が高くなる、というのが定説ですが…。


とは言え聞くのは人間ですからね。人間の「聞く能力」自体の限界があります。
音として高解像度で出ていても、人間が聞き分けられない部分は絶対に出てくる。
それこそ超高解像度で全レンジの音が大音量で出ても、それは聞き辛い音になってしまう。

アナログの音は人間にフィットするっていう話は良くあると思うんですけど、
音域としては上も下もデジタルに比べればフラットには出ていない。
そこが逆に人間にとって非常に聞きやすい部分でもある気がします。

実際の仕事でも、聞いてて辛くなる時って凄くあるんですよね。
全レンジが聞こえすぎちゃうとエンジニア作業として疲労が溜まるっていうのが。
自分ではそこまでじゃなかったですが、アナログで長く経験を積んできた先輩は、
デジタルに移行した時期にアナログと比べて耳が疲れるって話をしていました。

アナログって多分、実際には聞こえないって訳ではないですけど、
聞こえてはいるんだけど、耳につかない成分というか…。
そういう部分が恐らくあるんだと思います。


デジタル編集の利点っていう部分は確実に有ると思うのですが、
その辺はどう捉えていますか?
無限に編集点を作れて「違うな」と思えば戻れるのが最大の利点ではと。


デジタル編集の利点…それは最大限利用すべきだと思います。
先ほども言いましたがリズムやピッチの修正、
何度でもエディットのやり直しが出来るなど
アナログでは不可能だった事が出来るわけですから。


これも聞きたかった事の一つなのですが、
古い作品が何度もデジタル・リマスターされて発売されている現状はどうでしょう?
レーベルとしての商売っ気みたいなものを邪推してしまうのですが…。


これはデジタルならではの話ですね。
結論から言えば、商売の側面も有りますが、それ以上に機材の問題です。
とにかく技術の進歩が飛躍的なので、リマスタリングする度に音質の向上が見込めます。
年々…どころか下手をすれば三か月単位とかで技術が進化していくので。
そうなると過去に作った物を再プレスするよりも、
より良い音で世に出したいと思うのは当然かな、と。



【Question】

最後になりますが「ETERNAの芸術」シリーズについての、
現時点での総括みたいなお話を聞かせてください。

【Answer】

一言で言ってしまえば「買って聴いてください」に尽きますね。
デジタル・メディアに違和感をお持ちの方も居るとは思うのですが、
SACDが聞ける環境が有るなら、とにかく一度聴いてみて欲しいなと。

そこで批判だったり、もっとこうした方が良いみたいな意見だったり、
もう好き放題言ってもらって全然良いのですが、
今回の頑張りの成果を多くの人に知って欲しいっていうのが一番です。

なかなか今回のような手応えのある仕事って、実は本当に少ないんです。
納期が決まってて次々とクリアしていく事の方が多くて、
それこそジャンルを問わずクラシックからジャズから演歌から邦楽から、
メーカーのエンジニアって言うのは何でも出来なきゃいけないし、
やらなきゃいけない訳です。

今回、コロナの事も有って一つの仕事に取り組む時間が以前より増えて、
そのタイミングで今回の企画に携わる事になって…。
仕事が山積みになってルーティン的にこなしていく状況より、
今の方が仕事としては良い形になっているなと。
まあ売り上げの話は一旦置いといて、の話ですけど(笑)

取り組める時間も有って、集中出来てる感覚も有って、
その中で出来た作品なので是非一度お手に取っていただきたいです。


なるほど…では、実務に携わったエンジニアならではの、
「裏」バージョンのコメントもお願いします。


「裏」バージョン?ですか?


インタビューに不慣れで迂闊にも伝え忘れていたのですが、
本日、表裏2バージョンのコメントが聞けるまで
帰宅できないシステムとなっております。


えー、それじゃあ…これ言ってしまって良いのか分からないんですが…(笑)

まあマスター・テープと製品となったレコードで、音に相当な乖離が有りましたよね。
そもそもレコード自体が実は物凄く制限のあるメディアなんです。
デジタルに比べれば制約も多いし、物理的にも不利な面が多い。

ただ、それでも人を感動させる音が出てくるって事は、そこには何かが有る訳です。
正直それが何なのか今はまだ断言できないのですが、
もしかするとアナログ・メディアこそ、
人間には一番フィットするって可能性が有るかも知れない。
それを今回の仕事で凄く感じて、ちょっと目から鱗が落ちた気がします。

と言うのも、マスタリング・エンジニアっていうのは、
録音してミックスして最初のマスターが上がってきて、
そのマスターの音がベスト、まあベストじゃなくてもベターなんだと捉えて、
そこにどうアプローチしていくか、っていうのが基本的な仕事なんです。
後はもう、クライアントの希望次第でAにもするしBにもする。

それが今回は、答えのない仕事と言うか、
今もまだ終わりが見えないまま、良い音を追求し続けるっていう仕事になった。
結果、これまでにリリースした4枚で見えてきたものも有りますし、
今後、更に良い音になっていく予感もしています。

まあ終わりが見えないからって時間を掛けすぎると、
プロデューサーから何言われるか心配ですが(笑)、
良い物を作ろうという方向性はスタッフみな共通していますから。
末永く続いて欲しい素晴らしい企画だと思うので、
この成果は一度手に取って聴いていただきたい。

…うん、やっぱり、これに尽きますね。



【Question】

今回、コメントを寄稿して貰うという当初の想定から、
ロング・インタビューという嬉しい形に企画が拡大したので、
辻さんのエンジニア史みたいな話もお聞き出来たら嬉しいです。

【Answer】

えー、ちょっと話が長くなるかもなんですが…。
大学を卒業したあと、録音についての仕事をやりたいと思って専門学校に行ったんです。
で、学校に入って1年ぐらいした時、大学時代に知り合ったミュージシャンで
上京した時もバイトを紹介してもらったりと色々お世話になった方が居て、
その人のアシスタントが辞めるっていうんで手伝ってもらえないかって。
難波弘之さんというキーボード奏者なんですけども。


※難波弘之 氏…ジャズ/フュージョン界ではトップ級の一人で、
ポップスのサポートなども幅広くこなす鍵盤奏者。


え、難波さんのアシスタントだったんですか!?


まあ大学時代に知り合ったきっかけとか、
あんまりはっきり言えないんですけど(笑)、
とにかく難波さんのアシスタントになる訳です。


当時のキーボーディストというと、要塞みたいな大量の機材を運んでましたよね…。


まさに、その時代です。
正直言って、楽器運ぶのは本当に大変でした。

で、アシスタントを一年半くらい続けていた頃、
難波さんがキングレコードから、
ある小説のイメージアルバムのプロデュースを頼まれるんです。
その現場でチーフエンジニアをされていた
キングレコード録音部の課長の福島さんという方が、
自分が録音に興味があるっていうことを知って下さって、
「だったらミックスダウンを見に来ない?」って。

たまたま難波さんも3日間シンセじゃなくピアノの仕事だったので、
機材運びが要らないから「行ってみれば?」と言ってくれて。
で、まあ色々あって、やっぱりレコーディングの仕事がしたいなあと。
そしたら「じゃあウチ来いよ」という話になりました。


大学からキングレコードに就職して…って内容を予想していたんですけど、
まさかの人脈で仕事が次々繋がっていく昭和のこの感じ、グッと来ますね。


ところが、当時のキングの録音部は、
個人とは社員契約しないってスタイルだったんです。
なのでSCIという外部の会社に籍を置いて、そこから出向する形でスタートしました。
そのまま8年くらい続けてたらキングの内部事情にも詳しくなっていったので、
「じゃあ、もうそろそろ…」って話になって正式にキング所属になると。


ちなみにエンジニアとして独り立ちしたデビュー録音って覚えてますか?


それは勿論です。
当時のコンピューター・ゲームのサントラに入る、
生演奏でのアレンジ・バージョンがデビューですね。
そしてなんと、アレンジャーは難波さんと言う(笑)


※PC-8801で発売された日本ファルコム「Ys2」のサントラ内、
 最後に5曲収録された「スーパー・アレンジ」部分。
 他のパートも全員フュージョン界の大物が参加している。
 もちろん現在でも入手可能。


え、初仕事が師匠絡みって相当なプレッシャーでは…。


いや、逆に凄くやりやすくて楽しかった記憶が有ります。

自分がスタジオに入った当時はアナログ・レコーディングの成熟期だったので、
機材も凄く良くて、色々と充実していました。
うん、本当にアナログが一番充実していた時期だと思います。
良い先輩にも恵まれたので、怒られながらも色々な経験が出来たのが良かったなと。

もう亡くなられたんですが牧野さんという大先輩は、
アメリカのジャズの名門BLUE NOTEレーベルから、
「マスター・テープから、そっちでカッティングして良いぞ」と
お墨付きをもらった凄いエンジニアでした。
「キングレコード=高音質」という伝統みたいなものも、
この時期くらいから始まってる気がします。


そこまで凄いと「怒られながらも」って部分が気になりますね。
現行の法律ではアウトな物体とか、拳とか、色々な物が飛んできそうな…。


ある先輩エンジニアの方から、
時々消しゴムは飛んできましたね。
ぱっと避けたら「お前、避けるんじゃないよ」って(笑)


その優しい先輩達からのアドバイスで(笑)、
印象に残っているものは有りますか?


レコーディング方面で言うと、
「演奏者が良い演奏が出来る環境を一番に作る」とかでしょうか。
エンジニアが満足するんじゃなく、演奏者を含めた聴き手が満足する事が大事です。
演奏者って言うのはエンジニアにとって「一番最初のお客さん」。
自分で出した音が気持ち良く返ってくれば、演奏も歌も良い内容になります。


若いエンジニアの子達に教訓として覚えて欲しい内容ですね。
つい「これが俺の音なんだ」みたいになってしまう事も多いと思います。
ホールやライブハウスだと「これがウチの音なんだ」っていう…。


やっぱり何か聴こえてくる音に引っかかりが有って「違うよな」って思っている時と、
弾き手や歌い手が「良い音じゃん」って思っている時では内容が全く違ってきますよね。
録れる音の良さも、録り終わる早さも全然変わってくる。
更に言うと、良い音で録れていれば録音の後に続く仕事も楽になります。

エンジニアを評価する点って結局は出来たものの品質ですし、
スタジオの使用時間だって決まっている訳ですから、
ある意味で弾き手との共同作業ですよと。
それはもう先輩からしつこい位に言われました。


もしかすると耳とか機材を扱う技術とか以前の問題で、
だからこそ大事な部分かも知れませんね。
それを消しゴム投げられながら学んでいったと。


いや、まあ、消しゴムは避けれてたので(笑)


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特別企画『辻裕行氏 ロング・インタビュー』は以上となります。
当初の予定よりも遥かに多くの質問に回答いただける、
嬉しい誤算に満ちた企画となりました。

改めて、辻さんに最大の感謝を申し上げると共に、
読んでいただいた御客様につきましては是非SACDを手に取っていただきたく。


『インタビュー関係者一同』

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