商品コード: 1190-019

[COLUMBIA] A.フィッシャー(pf) O.クレンペラー指揮フィルハーモニアo. / シューマン:Pf協奏曲Op.54, リスト:Pf協奏曲1番

[ 1190-019 ] Schumann, Liszt, Annie Fischer, Otto Klemperer

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商品コード: 1190-019

作品名:シューマン:Pf協奏曲Op.54, リスト:Pf協奏曲1番
演奏者:A.フィッシャー(pf)O.クレンペラー指揮フィルハーモニアo.
プレス国:フランス, France
レーベル:COLUMBIA
レコード番号:FCX 967
M/S:モノラル, monaural
枚数・大きさ:12インチ, 30cm×1
評価/レコード:7
評価/ジャケット:A
キズ情報:
レーベルタイプ:【フランスでのモノラル・オリジナル】---紺/銀音符段付, 6時にMade in France, グルーヴガード厚手, 表記されたレコード番号:33 FCX 967, Rights Society:DP, (P)なし, Price Code:Ⓐ, スタンパー/マトリクス:XAX 2348 21B/XAX 2349 21(ラウンド小文字スタンパー・Pathéタイプ), 英国EMIグループCOLUMBIA系英国録音のモノラル製造を示すXAX***で始まりレコード番号を含まないフランス型フランス専用マトリクス使用, 補助マトリクス:ラウンドMスタンパー・M6 227071/M6 226513, 再補助マトリクス:パテキュラー(Patéculaire)はない, ラウンド本体とラウンドM6スタンパーと2種併存のPathéプレス, 1960年代のスタンパーを用いた1963年頃の製造分, 内溝フラット盤は存在せず, Disque incassableの表記付レーベル存在せず, これより古いレーベル存在せず, 最古レーベル・最厚プレスである, 更に古いマトリクス存在しないと思われる, ステレオ存在する, RIAAカーヴである, 仏COLUMBIA音源の仏COLUMBIA製作Pathéプレス, 工場:Pathé Marconi EMI, Chatou, モノラル・オリジナル, original for mono
ジャケット:【フランスでのモノラル・オリジナル】---棒付厚手ボード(粗目紙厚手), 表面:ザラザラ, 表記されたジャケット番号:FCX 967, Price Code:Série de Luxe(記載なし), 背文字:あり(棒上に金色押型・黒クロス紙背景), (P)(C)なし, ジャケ裏年号:なし, 当社入荷履歴上で最古の年号/存在が確認された年号:不明(年号記載ないが当ジャケットであると思われる), 製作:Les Industries Musicales Et Electriques Pathé Marcon. Paris, 印刷:Mercure Editeur. Paris(記載なし), 棒付ボード以前の旧デザインペラジャケット存在せず, これより古いタイプ存在せず, モノラル・オリジナル, original for mono
トピックス:1960-1962年ロンドン・ No.1 Studio, Abbey Road, London・でのモノラル/ステレオ録音, 録音詳細不明, 1963年Electric & Musical Industries Ltd.によりコピーライト登録・同年英COLUMBIA:33CX 1842/ SAX 2485(B/Sレーベル・高額)にて初リリース, アニー・フィッシャーの英国録音の一つ, プレスが少なったようで33CX 1842でも通常より高額になる, SAX 2485は4万円を超える高額商品, フランスでは同1963年頃仏COLUMBIA:FCX 967/SAXF 967で初リリース, これはフランス・モノラルオリジナル, 仏ステレオのSAXF 967は未入荷, 演奏:★★★★+, 音質:★★★★+

商品詳細:1963年モノラル/ステレオ同時発売の英国録音。ハンガリー出身の指揮者オットー・クレンペラーはA.フィッシャー夫婦と知り合いになり、度々共演している。1950年中期には自身の発言力も増したのだろう、ロンドンまで録音の為に招聘した。それまでハンガリーでのみ名声のあったアニー・フィッシャーは、英国COLUMBIAへの多くの録音によって国際的ピアニストへと階段を上がってゆく。名声に応える実力は確かに十二分にあり、その音楽性は確かである。ハスキルにも近い情緒的スタイルと、理知的でシャープなスタイルが混在する不思議な才能。この録音では思いの外シャープに切れ込んでくる。一音一音の存在感はハスキルと同等、見事な才能だった。ロンドンで纏まった数の録音を行い、その後は頻繁に英国に行くことはなかったと言われている。ハンガリーに戻ってからは地元レーベルに録音を行いながら後進を育てた。来日もあったらしい。この録音はそのゆかりの人、オットー・クレンペラーとの共演。実はクレンペラーとの共演は然程多くない。

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