商品コード:1292-028p[Le Club Français Du Disque] E.グラチス指揮ミラノ・ポメリッジo.ミラノ・ポリフォーニコcho. I.リガブーエ(s) G.カルトゥラン(ca) / ペルゴレージ:スターバト・マーテル(悲しみの聖母)
商品コード: 1292-028p
商品詳細:エットーレ・グラチス(1915 - 1992)はイタリア・ラ・スペツィア生まれの指揮者。パルマ音楽院でヴァイオリンを学んだ後、ヴェネツィア音楽院でピアノと作曲を学ぶ。更にキジアーナ音楽院で作曲をジャン・フランチェスコ・マリピエロ、指揮法をアントニオ・グァルニエリに師事し、1942年からベネデット・マルチェロ器楽アンサンブルの指揮者として活動を始め、1948年まで務めた。1948年~1950年まではフィレンツェ五月音楽祭の首席指揮者、1950年から1959年までミラノのポメリッジ・ムジカーリの指揮者、1959年よりヴェネツィアのフェニーチェ劇場の音楽監督を歴任し、かつての母校であるヴェネツィア音楽院でも教鞭を執った。また、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、パリ管弦楽団、イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団など各地のオーケストラに客演している。アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリと共演した協奏曲(ラヴェル、ラフマニノフ第4番)、ペルゴレージの「スターバト・マーテル」、ガエターノ・ドニゼッティのオペラ「ドン・パスクワーレ」などが有名である。1972年ARCHIV PRODUKTIONに コレッリ:合奏協奏曲作品6(全12曲)をナポリ・スカルラッティ管弦楽団と録音していて、イタリア音楽のスペシャリストらしい。ペルゴレージの「スターバト・マーテル 」はペルゴレージ最後の作品。ソプラノ、アルト独唱と弦楽器という編成は、アレッサンドロ・スカルラッティが1724年に作曲した『スターバト・マーテル』と共通する。ペルゴレージは1735年から健康を害し、1736年にはポッツオーリのフランシスコ会修道院に入り、そこで本曲を含む最後の作品を作曲した。3月におそらく結核によって、26歳で没した。バッハのモテット「我が罪を拭い去りたまえ、いと高き神よ」はペルゴレージ:スターバト・マーテルが原曲でパロディ書法による編曲作品である。バッハはペルゴレージより25歳年下だが、ペルゴレージが先に6歳の若さで夭逝した。日本での知名度は小さいがイタリア宗教作品では名作といわれる。
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