商品コード:1315-025[DECCA] J.カッチェン(pf) / ベートーヴェン:Pf協奏曲2, 4番

[ 1315-025 ] Beethoven, Julius Katchen, London Symphony Orchestra, Pierino Gamba ‎– Piano Concertos Nos. 2 & 4



通常価格:¥ 19,800 税込

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商品コード: 1315-025

作品名:ベートーヴェン:Pf協奏曲2番Op.19 | Pf協奏曲4番Op.58
演奏者:J.カッチェン(pf)P.ガンバ指揮ロンドンso.
プレス国:英国, United Kingdom
レーベル:DECCA
レコード番号:SXL 6082
M/S:ステレオ, stereo
枚数・大きさ:12インチ, 30cm×1
評価/レコード:8/7
評価/ジャケット:A : 裏面の折返し一部欠けあり
キズ情報:
レーベルタイプ:【英国でのステレオ・オリジナル】---大デッカ溝ED1,10時にOriginal Recording by~,表記されたレコード番号:SXL 6082,Tax Code:K/T(1963年7月~1968年11月を示す),Rights Society:記載なし,(P)1963((Recording first published),スタンパー/マトリクス:ZAL-6085-1E/ZAL-6086-1E (ストレート小文字スタンパー・英国DECCAタイプ),DECCA規格のステレオ製造を示すZAL-**で始まりレコード番号を含まない専用マトリクス使用,カッティング担当:イニシャルEの Stanley Goodall(スタンリー・グッドール),補助マトリクス(3時):H/H,再補助マトリクス(9時):1/1,1960年代スタンパーによる1963年頃製造分,これより古いステレオレーベルは存在せず,ステレオの最古レーベル・最厚プレスである,更に古いマトリクス存在せず(1E/1Eが最古),カッティング担当前任者:なし,モノラル存在する,RIAAカーヴである,英DECCA音源の英DECCA製作プレス,工場:Decca Record Co. Ltd., Pressing Plant, UK,ステレオ・オリジナル,original for stereo
ジャケット:【英国でのステレオ・オリジナル】---折返表コートペラ,表記されたジャケット番号:SXL 6082,Price Code:なし,背文字:あり(黒色・クリーム背景・上下絞り),(P)なし(C)1963,ジャケ裏年号:なし,当社入荷履歴上で最古の年号/存在が確認された年号:不明(年号記載ないが当ジャケットである),ホタテ貝ジャケット存在せず,これより古いステレオジャケット存在せず,ステレオオリジナル,original for stereo
トピックス:1963年ロンドンでのモノラル/ステレオ録音, 録音詳細不明, 1963年The Decca Record Company, Ltd, London. Englandによりコピーライト登録・同年DECCAよりモノラル:LXT 6082(銀中溝レーベル・折返表コートペラジャケット入り)にて初リリース, 同年ステレオ:SXL 6082(当装丁)にて初リリース, これは初年度リリース分のステレオ・オリジナル, カッチェンは1958-1965年までにPf協奏曲全5曲+Pfと管弦楽のためのロンドをガンバ/ロンドンso.とモノラル/ステレオ録音している

商品詳細:カッチェンは、ブラームスのPf協2枚が2000番台にあり、有名。ベートーヴェンは全5曲、SXLで全てガンバと録音があるが、中でもこの2、4番の入荷が最も少ない(過去に1回のみ)。カッチェンはガンバとの相性が良いようで、どれも演奏はDECCAらしさの出た仕上がり。ピアノは、クリスタルを思わせる硬質な光を放ち、程良い余韻を付けながら、鍵盤の上を転がる。ガンバはそんなカッチェンの呼吸と合わせ、同質の音調でサポート。最もクリアーな協奏曲が出来上がっている。ジュリアス・カッチェン(1926-1969)は米国ニュージャージー州ロング・ブランチ出身。14歳になるまで、モスクワ音楽院やワルシャワ音楽院の教師であったユダヤ系の祖父母に音楽を学ぶ。祖父も音楽理論の教授である音楽一家に育つ。10歳でモーツァルトのピアノ協奏曲第20番ニ短調(全3楽章/K.466)を弾いてデビュー。その演奏を聴いていたオーマンディに招かれ、ニューヨークでフィラデルフィア管弦楽団と共演する。NYタイムズはカッチェンの演奏について「11歳の少年にこれ以上望むことはできないだろう。」と賞賛した。12歳の時には、ニューヨークのタウンホールで初のリサイタルを行い、天才少年として全米で知られるようになった。1939年7月には、Lewisohn StadiumでEfrem Kurtz指揮ニューヨーク・フィルハーモニックとシューマンの「ピアノ協奏曲」を演奏した。ハヴァーフォード・カレッジに進学して哲学を専攻、1946年に、在籍僅か3年で首席で卒業した。米国時代はほぼ独学でピアノをマスターしている。それからパリに行き、ユネスコ国際フェスティバルにアメリカ合衆国代表として出席、フランス国立放送管弦楽団とベートーヴェンのピアノ協奏曲を共演した。その後はパリに永住することを決意。カッチェンはその後米国に戻らなかった。1950-60年代には欧州/英国で精力的にコンサートを行っている。弟子は殆どとらなかったが唯一の弟子と言われているのが、パスカル・ロジェで、およそ2年間カッチェンの下で学んでいる。ジャン=ピエール・マルティも実はカッチェンの弟子だったと言われている。カッチェンの技巧は素晴らしく、chrome-plated(クロムメッキ)といわれ、瞬発力とスピード感は誰も太刀打ちできないほど冴えてたといわれる。30代後期からブラームスの音楽にのめり込み、ついには1965年にDECCAに初のブラームス:ピアノ・ソロ作品全集を録音した。しかし1968年には既に肺癌に侵されていて、1969年春、僅か42歳で帰らぬ人となった。DECCAに多くの録音を残したが1940年代後期からのモノラル期に多くの素晴らしい録音が集中している。この録音はカッチェンの技巧と音楽性の見事なバランスを理解できる格好の録音である。若手指揮者のガンバ/ロンドンpo.のオケも見事であり、曲の好みはあろうともカッチェンに興味のある方には必聴の1枚といえる。バックハウス、カーゾンらとの大きな違いは彼の持つの独特ののめり込みではないかと感じる。それが技巧やスピードとなって表れるのだろう。P.ガンバ指揮ロンドンso.とベートーヴェンのPf協奏曲全5曲を録音している。

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