商品コード:1339-018[RCA] E.ラインスドルフ指揮/ モーツァルト:交響曲41番「ジュピター」, アイネ・クライネ
商品コード: 1339-018
商品詳細:エーリヒ・ラインスドルフ( 1912 - 1993)はオーストリア・ウィーンのユダヤ人家庭の生まれで、後にアメリカに帰化した指揮者。ラインスドルフは米国ではそれなりの地位のある指揮者だが欧州での見方は微妙かも知れない。1930年代までは欧州でブルーノ・ワルターやアルトゥーロ・トスカニーニの助手を務めたが、1936年にはイタリアのボローニャでオペラを指揮している。1937年にニューヨークのメトロポリタン歌劇場で『ワルキューレ』を指揮、その後はフランス、イタリアなどで活動する。しかし1937年には渡米し、メトロポリタン歌劇場で副指揮者の地位を得た。1942年にはアメリカ市民権を得て帰化することができた。1969年には急逝下アルトゥル・ボダンツキーの後任としてメトロポリタン歌劇場のドイツ物レパートリーの責任者となった。1962年にはボストン交響楽団の音楽監督に就任した。ボストンではもっぱらRCAレコードと組んでレコーティングすることが多かったが、演奏家や管理者と揉めることもしょっちゅうであった。ラインスドルフは結局、生まれ故郷の欧州では名声を有られず、米国で活躍した指揮者として認識されている。1969年ボストン交響楽団の音楽監督を辞任すると故郷のウィーンに戻り、1976-1978年ウィーン交響楽団の首席指揮者を務めた。1993年、癌のため、スイスのチューリッヒにて81歳で亡くなった。ユダヤ人ということで欧州でのキャリアを断念せざるを得なくなった点はその通りである。ラインスドルフのスタイルは厳格であり、リハーサルは長時間に及んだという。厳格で妥協が無く、気むずかしい指揮者として知られている。その完全主義的なスタイルはジョージ・セルとも通じる部分があり、この録音から知ることが出来る。特にモーツァルトはWESTMINSTERに世界で初の一人指揮者による全41曲の全集録音(1955-6年)を果たし、一部では高い評価を得たが、セルほどの名声を得たとは言い難い。モーツァルトはやはりキッチリとした遊びの少ないシャープな演奏であり、好みが分かれる所だろう。セルはモーツァルトに対し、大きな関心はなかったようであるが、ラインスドルフは逆である。ラインスドルフの辛口ともいえる演奏が米国的と映るきらいもある。これは2回目1963年1月のボストン。決して良好とは言えないオケとの関係で自身のスタイルを貫いたラインスドルフ。強固な意思を持った音楽家といえる。
ラインスドルフの在庫一覧へ