商品コード:1346-041n[ETERNA] K.ザンデルリング指揮/ シベリウス:交響曲6, 7番

[ 1346-041n ] Sibelius - Kurt Sanderling, Berliner Sinfonie-Orchester ‎- Sinfonie Nr. 6 D-moll / Sinfonie Nr. 7 C-dur


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商品コード: 1346-041n

作品名:シベリウス:交響曲6番Op.104 | 交響曲7番Op.105
演奏者:K.ザンデルリング指揮ベルリンso.
プレス国:旧東ドイツ, Germany East
レーベル:ETERNA
レコード番号:826 768
M/S:ステレオ, stereo
枚数・大きさ:12インチ, 30cm×1
評価/レコード:8/7
評価/ジャケット:A
キズ情報:
レーベルタイプ:【旧東ドイツでのオリジナル】---黒/銀, STEREO ○○ST33, グルーヴガード厚手, 表記されたレコード番号:826 768, Price Code:なし, Rights Society:記載なし, (P)なし, スタンパー/マトリクス:826 768-1A/826 768-2A (ラウンド小文字スタンパー・ETERNA通常タイプ), ETERNA録音ステレオ製造を示す826***で始まりレコード番号を含む専用スタンパー使用, 補助マトリクス(Time Code ):E76 W NT/E76 W NT, 再補助マトリクス:A1C1 C/A1C1 M, 1976年5月/1976年5月製造のスタンパーによる1976年頃製造分, STO---初期マトリクス:なし(存在せず), 旧番号・V字ステレオレーベル存在せず, 黒/銀ツヤレーベル存在せず, これより古いレーベル存在せず, EDは存在せず, 最古レーベル・最厚プレスである, 更に古いマトリクス存在せず(1A/2Aが最古), 1976年製造のスタンパーの初年度分, モノラル存在せず, RIAAカーヴである, ETERNA音源のETERNA製作プレス, カッティング担当:イニシャルW NT はAnnelene Dziengel+ノイマンのカッティングマシン使用を示す, 工場:VEB Deutsche Schallplatten Potsdam-Babelsberg, auguststr.45, オリジナル, original
ジャケット:【旧東ドイツでのオリジナル】---両面ツヤペラ, 表記されたジャケット番号:826 768, Price Code:12.10 M, 背文字:あり(黒色・白背景), ジャケ裏年号:Ag 511/01/76, ⓅⒸなし, 当社入荷履歴上で最古の年号/存在が確認された年号:Ag 511/01/76(当ジャケである・一致), 製作:VEB Deutsche Schallplatten Berlin. DDR, 印刷:VEB Gotha-Druck, これより古いジャケット存在せず, オリジナル, original
トピックス:1974年2月2日・6月25-27・ 30日東ベルリン・イェズス・クリストゥス教会スタジオ(Studio Christuskirche, Berlin)でのステレオ録音, 録音技師:Claus Strüben, プロデューサー:Eberhard Geiger, 編集/カッティングマスター:Annelene Dziengel, 1976年VEB Deutsche Schallplatten Berlin. DDRにてコピーライト登録・同年ETERNA:826 768(当装丁)にて初リリース, ザンデルリングはシベリウスの交響曲全7曲を1970-77年にETERNAに録音(全て黒盤オリジナル), 6/7番にツヤ/重量盤存在せず, これは1976年5月/1976年5月製造のスタンパーによる1976年頃製造のオリジナル盤が1976年製造のオリジナルジャケットに入る完全なオリジナル, 演奏:★★★★+, 音質:★★★★

商品詳細:クルト・ザンデルリングは1912年東プロイセン(現ポーランド領)生まれ、母親がユダヤ人であった為1935年ナチスを逃れソ連へ亡命。ムラヴィンスキーの下で指揮者の研鑽を積む、1960年東独政府に請われ帰国。ベルリンso.と'64~7年の間ドレスデンsk.の首席を兼務した。特にETERNA最高のシベリウス全曲録音は1970~7年までかけて完成。2番は'74年の録音で論理的な構築性、細部の綿密な表情付け等、自然且つ、生命感のあるシベリウスは特に定評があった。ザンデルリングは1970-77年にシベリウス:交響曲全集録音を行った。どれも内容は良く人気の高いシリーズ!クルト・ザンデルリング(1912~2011)は東プロイセンのアリスの生まれ。ザンデルリングとしているがドイツ語ではザンダーリンが一番近い。ザンデルリンクでも誤りではない。ベルリン市立歌劇場の副指揮者となり、クレンペラー、ブレッヒ、フルトヴェングラーらに指揮法学ぶ。親がユダヤ人であった彼はドイツ国籍を剥奪され、1935年におじが在住していたソビエト連邦に亡命した。同国ではモスクワ放送交響楽団でジョルジュ・セバスティアンのアシスタントとして研鑚を積んだ。その後、1960年に東ドイツ政府に請われて帰国し、1960–1977年ベルリン交響楽団の芸術監督、首席指揮者に就任、短期間のうちにこの歴史の浅いオーケストラを同国屈指のレベルにまで鍛え上げた。1964年から1967年まではシュターツカペレ・ドレスデンの首席指揮者も兼務した。ベルリンのポストを離れた後はフリーとなり各地を客演。2002年引退。ベルリン交響楽団はベルリン歌劇場付きのオケであるベルリン・シュターツ・カペレとは別の旧東ベルリンにあった市民オーケストラである。1925年にブリュトナー管弦楽団が改編・名称変更したオケで1952年頃ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団に名称変更された。首席指揮者はヘルマン・ヒルデブラント(在任・1952–1959)が初代で、クルト・ザンデルリング(在任・1960–1977)が2代目となり、1952年にはクルト・ザンデルリングのもとで、東ベルリンにおいて市の機関として再設立され、国際的に高い評価を得た。コンサートは主にメトロポール劇場で行われ、東ベルリンで行われるコンサートの3分の2はこのオーケストラが担当した。ドレスデンにおけるドレスデン・フィルハーモニーo.に近い存在である。演奏は北欧の指揮者とは異なるが自然体で敢えてクールな気分の表現は意識せず、知的で合理的とも言える無駄を排したシンプルな造形に力点を置いたスタイル。地味だが安定感があり暗いトーンながら繊細な表情である。ザンデルリングはシベリウスの交響曲全7曲を1970-77年にETERNAに録音した唯一の指揮者。

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