商品コード:1354-035p[SUPRAPHON] V.カメニーコヴァー(pf) / ショパン:Pf作品集/バラード4曲, マズルカ3曲

[ 1354-035p ] Chopin - Valentina Kameníková – Ballades Nos. 1-4 /3 Mazurkas


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商品コード: 1354-035p

作品名:ショパン:Pf作品集/バラード第1番ト短調Op.23, バラード第2番ヘ長調Op.38, マズルカ第39番 ロ長調Op.63-1, マズルカ第40番 ヘ短調Op.63-2, マズルカ第41番 嬰ハ短調Op.63-3 | バラード第3番変イ長調Op.47, バラード第4番ヘ短調Op.52
演奏者:V.カメニーコヴァー(pf)
プレス国:旧チェコ・スロバキア, Czechoslovakia
レーベル:SUPRAPHON
レコード番号:SUA 10862
M/S:モノラル, monaural
枚数・大きさ:12インチ, 30cm×1
評価/レコード:7/6
評価/ジャケット:A
キズ情報:A面12時に小~中で14回出る小スレあり
レーベルタイプ:【旧チェコ・スロバキアでのモノラル・オリジナル・タイプ】---青銀SC逆内溝, 9時に▽33, 12時にMade in Czechoslovakia(外周ラウンド銀文字), レコード番号:SUA 10862, グルーヴガード厚手, Rights Society:記載なし, Ⓟ1968, Price Code:なし(不明), スタンパー/マトリクス:A 4493 C A/A 4494 C C (ラウンド小文字スタンパー・SUPRAPHONタイプ), 英語表記・国内/輸出共用仕様, SUPRAPHON録音・モノラル製造を示すA***で始まりレコード番号を含まない専用マトリクス使用, 補助マトリクス:なし, Copyright Year Code(初リリース年を示すイニシャルレーベル登録年号で1954–1964の間存在する):なし(記載なし), Manufacturing Date Code (実際に製造された年/月を示す・ない場合はCopyright Year Codeと同年):69.1(1969年1月を示す), 1960年代製造のマトリクスを用いた1969年前後の製造分(1968年分が存在すると思われる), 旧番号存在せず(10"存在せず), 青金輪レーベル・フラット盤存在せず, 国内/輸出用最古レーベル・最厚プレスである, これより古い国内/輸出用モノラル・レーベル存在せず, 更に古いマトリクス存在するか不明, ステレオ存在する, RIAAカーヴである, SUPRAPHON音源のSUPRAPHON制作プレス, 共用仕様のモノラル・オリジナル・タイプ(同一レーベルで1968年分が存在すると思われる為), original type for mono export
ジャケット:【旧チェコ・スロバキアでのモノラル・オリジナル】---折返表コートペラ, 1時に地色ベースSUPRAPHONロゴマーク, 表記されたジャケット番号:SUA 10862, Price Code:なし, 背文字:あり(黒色・クリーム背景), ジャケ裏年号:なし, ⓅⒸ1968, 当社入荷履歴上で最古の年号/存在が確認された年号:不明(年号記載ないが当ジャケットである), 製作:Supraphon A. S, 印刷:不明・チェコ製, 輸出事務所:Prague Artia.Prague(共用ジャケット), 共用ジャケット仕様, これより古いモノラル・ジャケット存在せず, モノラルのオリジナル, original for mono
トピックス:1967年頃プラハ・SUPRAPHON・スタジオでのモノラル/ステレオ録音, 録音詳細不明, 1968年Supraphon A. Sによりコピーライト登録・同年SUPRAPHONからモノラル:SUA 10862(当装丁)にて初リリース, 同年ステレオ:SUAST 50862(赤/銀SCレーベル)にて初リリース, これは初年度リリース分モノラル・オリジナル, 演奏:★★★★+, 音質:★★★★★

商品詳細:ヴァレンティーナ・カメーニコヴァー(1930- 1989)はソビエト連邦時代のウクライナ・オデッサ(オデーサ)生まれ。ユダヤ人家庭に生まれた女性ピアニスト。1941年の第二次世界大戦中、彼女はユダヤ人政策によシベリアに抑留された。最初はオデッサの地元の音楽学校で、次にオデッサ音楽院、後にモスクワ音楽院でハインリヒ・ネイガウス教授の下でピアノを学び、演奏した。1954年にチェコ人と結婚し、1957年に家族とともにチェコスロバキアに移住。1959年から1961年まで、プラハ演劇芸術アカデミーでフランティシェク・ラウフ教授の下でピアノの大学院研究を行った。1963年よりプラハ音楽院で教鞭を執り、1970年にはプラハ演劇芸術アカデミーの講師を務めた。1976年にはパロマ・オシェア・サンタンデール国際ピアノ・コンクールの審査員を務めた。彼女は卓越したピアノテクニックを持つロシア音楽の著名なクラシック音楽解釈者であり、批評家から高く評価された。最終的に約50枚の録音を残した。ネイガウス一派としておかしくないのだが、佐藤氏はカメーニコヴァーをロシア・ピアニズムでは扱っていない。最終的はチェコ・ピアノ・スクールに組した為だろう。ソ連留学したチェコ国籍のユダヤ人としての扱いらしい。恐らくソ連国籍ではない留学生は大勢いたのだろう。ETERNAのペーター・レーゼルもその一人である。それらのピアニストたちは「ロシアピアニズム」の対象外として、語られることがないのが残念である。しかし、その他の離国者たちは転居先の国でロシアピアニズムを伝え、それぞれの役割を果たしていることが素晴らしい。それだけロシアピアニズムは揺るぎない技術を持っていることが証明されるのである。カメニーコヴァーは第1世代の古いタイプのロシアンスクールの技を身につけているようだ。古典的な技巧を使い、美しい表現力で穏やかなスタイルであることが解かる。カメニーコヴァーはその後SUPRAPHONに1990年頃まで多くの録音を残したが源流がロシアンスクールの出身者であることは知られていない。ネイガウスの直弟子たる実力を持ったピアニストといえる。ロシアンスクールの若手世代に見られるメカニック重視のピアニストではない。それがよくわかるショパン作品集。

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