商品コード:1354-020tb[SUPRAPHON] H.アーベントロート / ブラームス:交響曲3番

[ 1354-020tb ] Brahms, H. Abendroth – Symphony No. 2 In D Major, Op. 73


通常価格:¥ 1,650 税込

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商品コード: 1354-020tb

作品名:ブラームス:交響曲3番Op.90/--第1楽章 Allegro con brio--第2楽章 Andante-- | --第3楽章 Poco allegretto--第4楽章 Allegro - Un poco sostenuto
演奏者:H.アーベントロート指揮ライプツィヒ放送so.
プレス国:旧チェコ・スロバキア, Czechoslovakia
レーベル:SUPRAPHON
レコード番号:LPV 57
M/S:モノラル, monaural
枚数・大きさ:12インチ, 30cm×1
評価/レコード:7/6
評価/ジャケット:B : 表面に大きな剥がれあり
キズ情報:B面2時に小3+3回出る点, 3時に小3回出る点→6
レーベルタイプ:【旧チェコ・スロバキアでの輸出仕様・第2版】---青金輪逆内溝, 6時にMade in Czechoslovakia(外周ラウンド紺文字), フラット重量, Rights Society:記載なし, 表記されたレコード番号:LPV-57, Ⓟなし, Price Code:G (Kčs 36), スタンパー/マトリクス:VM 153 M 1B3B/VM 154 Z 1C (ラウンド小文字スタンパー・SUPRAPHONタイプ), 英語表記・輸出仕様, SUPRAPHON録音・モノラル輸出製造を示すVM***で始まりレコード番号を含まない専用マトリクス使用, 補助マトリクス:なし, 1950年代のスタンパーを用いた1958年頃製造分, Copyright Year Code(初リリース年を示すイニシャルレーベル登録年号で1954–1964の間存在する):なし(不明), Manufacturing Date Code (実際に製造された年/月を示す・ない場合はCopyright Year Codeと同年):なし(不明), レーベル登録番号:なし, 輸出仕様に旧番号存在せず, 白/赤青レーベル・フラット盤存在する(1956年分), フラット盤の初期分, これより古い輸出仕様レーベル存在する, 輸出仕様の最古レーベル・最厚プレスではない, 更に古いマトリクス存在する, ステレオ存在せず, RIAAカーヴではない, ULTRAPHON音源のSUPRAPHON制作プレス, 輸出用第2版, 2nd issue for export
ジャケット:【旧チェコ・スロバキアでの輸出仕様・オリジナル】---折返両面紙ペラ, 2/5時に33 1/3, 表記されたジャケット番号:LPV-57, Price Code:なし, 背文字:なし(初期の証拠), ジャケ裏年号:なし, ⓅⒸなし, 当社入荷記録で最古の裏年号/存在が確認された年号:不明(年号記載ないが輸出仕様は当ジャケットである), 製作:Supraphon A. S., 印刷:記載なし・チェコ製 , これより古い輸出仕様存在せず, 輸出仕様のオリジナル, original for Export
トピックス:1952年3月17日ライプツィヒ・ライプツィヒ放送局スタジオ(SRKホール)でのモノラル録音, 録音詳細不明, 音源はチェコのULTRAPHON所有, 1956年頃Supraphon a.s.により同年SUPRAPHON:LPV 56(白/赤青レーベル・フラット盤・折返両面紙ペラジャケット入り)にて初リリース→1958年頃同一番号・青金輪逆内溝レーベル・フラット盤・折返両面紙ペラジャケット(当アイテム)に変更, これは第2版盤がオリジナルジャケットに入る第2版となる, 白/赤青レーベルはノイズが多く青金輪レーベルの方が聴きやすい, アーベントロートはブラームスの交響曲4曲を録音していて複数のオケで録音があるが3番はライプツィヒ放送so.との1種のみと思われる, ライプツィヒ録音だがSUPRAPHON音源でETERNAからは出ていない(4番はETERNAのみの発売)

商品詳細:ヘルマン・アーベントロート(1883-1956)はフルトヴェングラー(1886-1954)やクナッパーツブッシュ(1888-1965)と同世代のドイツの巨匠指揮者。旧東ドイツのライプツィヒを拠点に活躍していた為、西側にとっては"幻"の指揮者であった。この録音はETERNA未発売の音源でチェコのULTRAPHON所蔵音源である。ライプツィヒ放送o.による大量の音源をこの放送局は財源確保のため米国URANIAに売却しているがブラームスは売却していないと思われる。ブラームスは1番を除く3曲がライプツィヒ放送so.と録音された。1番は 1956年1月16日、2番は1952年3月3日、3番は1952年3月17日、4番は1954年12月8日録音である。1番のみバイエルン放送o.との録音。但し1949年10月20日にライプツィヒ放送o.との録音もあり、SUPRAPHONでの音源は1949年のライプツィヒ放送o.であると思われる。4番は録音にETERNAが関与したとみられETERNAからはブラームス:交響曲4番だけが発売された。アーベントロートは1922年からはベルリン国立歌劇場でも指揮者となる。1934年1月、ナチス・ドイツより「ナチスの政策に非協力的であること」「ユダヤ人社会ならびにユダヤ人とその文化に好意的であること」などの理由から、職を解かれ、公職追放された。同年、ベルリンからライプツィヒに移住。ブルーノ・ワルターが亡命して空席となっていたライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団常任指揮者に就任し、終戦まで務めた。1945年末にゲヴァントハウス管弦楽団を退任し、翌1946年よりヴァイマル音楽大学学長ならびにリスト博物館館長に着任。1949年よりライプツィヒでの指揮活動を再開し、ライプツィヒ放送交響楽団首席指揮者に、1953年からはベルリン放送交響楽団首席指揮者に就任。戦後は東ドイツに留まったが、西ドイツのオーケストラへも度々客演している。1951年にはプラハの春音楽祭に東ドイツ代表として参加。1954年から1955年まで、東欧各地やバルカン半島でも演奏活動を行っている。1956年5月下旬、イェナに演奏旅行で滞在中に脳卒中に倒れ、いったんは手術により小康状態を保つが、5月29日に病院内の庭を散策中に再び倒れ、そのまま帰らぬ人となった。葬儀は6月2日に、東ドイツにより国葬として行われた。アーベントロートこそ唯一フルトヴェングラーの「ドラマティック」な演奏に対抗できた劇場型スタイルの指揮者であった。近年の評価はあまりに不当だといえる。大人しい出だしで始まるが躍動感が強く、オケの推進力はさすがのものがある。

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