商品コード:1273-008[VOX CUM LAUDE] A.ニューマン(cemb) / バッハ:平均律クラヴィア曲集第1巻(全24曲)

[ 1273-008 ] Anthony Newman ‎ Bach: Well-Tempered Clavier, Book I


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商品コード: 1273-008

作品名:バッハ:平均律クラヴィア曲集第1巻B.846-869(全24曲)/No. 1 In C Major~No. 12 In F Minor-- | --No. 13 In F-sharp Major~ No. 24 In B Minor
演奏者:A.ニューマン(cemb)
プレス国:米国, U.S.A
レーベル:VOX CUM LAUDE
レコード番号:2VCL 9056
M/S:ステレオ, stereo
枚数・大きさ:12インチ, 30cm×2, Wジャッケット入り2枚組, 2 single records
評価/レコード:8/7
評価/ジャケット:A
キズ情報:
レーベルタイプ:【米国でのオリジナル】----橙/黒, 12時にThe Moss Music Group, Inc.New York. N.Y., グルーヴガード厚 , Rights Society:記載なし, (P)なし, 表記されたレコード番号:2VCL 9056, Price Code:なし, スタンパー/マトリクス:VS 638-1A/VS 639-1A・VS 670-1A/VS 671-1A (手書き文字スタンパー・VOX CUM LAUDEタイプ), VOX CUM LAUDE製造を示すVS***で始まりレコード番号を含まない専用マトリクス使用, 補助マトリクス:GI/GI, 再補助マトリクス:A2/B3・A2/A2, カッティング担当:不明, 6面とも1980年代製造のスタンパーを使った1983年頃製造分と思われる, 旧レーベル/旧番号存在せず, これより古いレーベル存在せず, 最古レーベル・最厚プレスである, 更に古いマトリクス存在せず, モノラル存在せず, RIAAカーヴである, 米VOX音源のVOX CUM LAUDE製作プレス, 工場:不明, 米国でのオリジナル, original
ジャケット:【米国でのオリジナル】---見開両面半ツヤW, 表記されたジャケット番号:2VCL 9056, 背文字:あり(白色・黒背景), ジャケ裏年号:なし, (P)(C)1983, 当社入荷履歴上で最古の年号/存在が確認された年号:不明(年号記載ないが当ジャケットである), 製作:The Moss Music Group, Inc., 印刷:不明・米国製, 旧番号存在せず, これより古いタイプ存在せず, 米国でのオリジナル, original
トピックス:1983年1月米国River City Studioでのステレオ録音, 録音技師:Tim Heldt/Joe Mccargerプロデューサー:Granf Rapids Jr., 1983年The Moss Music Group, Inc.によるコピーライト登録・同年VOX CUM LAUDE:2VCL 9056(当装丁)にて初リリース, これはアンソニー・ニューマンの3回目録音で初回録音はColumbia Masterworks:M2 32500(1973年初リリース), 初回録音の平均律クラヴィア曲集第2巻:M2 32875で1974年初リリースされた

商品詳細:かつてニューマンがデビューした時、グールドを擁するCBS(ソニー)は、2人をピアノとチェンバロによるバッハ弾きの両雄として売り出していた。残念ながらグールドの圧勝に終わり、ニューマンは我々日本人の前から姿を消したが、実は所属レーベルを替えて、かなり多くの録音を残している。この平均律はコロムビア、VOX(オルガンによる)に次ぎ3回目の録音となるが、第2巻は見たことがない。絢爛豪華な音で、解釈はどこまでもニューマン流。作曲や楽譜の校訂も手掛けるマルチ・プレーヤーだ。アンソニー・ニューマン(1941-)はカリフォルニア州ロサンゼルスで生まれの鍵盤奏者。歴史に基づいた演奏を目指す動きにおいて重要な役割を果たした。17 歳のとき、ニューマンはエコールノルマル音楽学校で学ぶためにフランスのパリに留学し、ピエール・コシュロー(オルガン)、マドレーヌ・ド・ヴァルマレート(ピアノ)、マルグリット・ロエスゲン=シャンピオン(チェンバロ)に師事。彼は伝説的なピアニスト、アルフレッド・コルトーからの賞賛を受けて、高等ディプロムを受賞した。ニューマンは米国に戻り、オルガンをエドガー・ヒリアーに、ピアノをイーディス・オッペンスに、作曲をウィリアム・サイデマンに学び、1963年にマネス音楽学校で学士号を取得した。彼はボストン大学でティーチングフェローとして働きながら、ハーバード大学でレオン・カーヒナーに作曲を学んだ。彼は1966年にハーバード大学で作曲の修士号を取得し、1967年にボストン大学でオルガンの博士号を取得し、ジョージ・ファクソンにオルガンを、ガードナー・リードとルチアーノ・ベリオに作曲を学び、ガードナー・リードとルチアーノ・ベリオの指導助手も務めた。1967年にニューヨークのカーネギー・リサイタル・ホールでデビューリサイタルを行った。コロムビア・レコードはニューマンとレコーディング契約を結んだ。コロンビア・レコードの代表であるクライブ・デイヴィスは、若者の間で蔓延している反体制感情とニューマンの長髪と禅瞑想への関心からヒントを得て、バッハのカウンターカルチャーの擁護者としてニューマンを売り込み、若い聴衆を惹きつけることができた。その結果、ニューマンによれば、デイヴィスが作り上げたイメージを「生き続け」、クラシック音楽界で真剣に受け止められるようになるまでに数年かかったという。コロムビア・レコードに12枚のアルバムを録音した後、デイヴィスが1979年にコロンビアを去った際、ニューマンはデイヴィスのもう一人の弟子であるピアニストのアンドレ・ワッツとともにコロンビアを去った。1968年から30年間、ニューマンはレコーディング、コンサート、作曲、指揮、執筆を続けながら、ジュリアード音楽院、インディアナ大学、ニューヨーク州立大学パーチェス校で音楽を教えた。ニューマンの解釈は多くの音楽家から反発を受けるほど独自性が強かった。常に速いテンポ、リズムや装飾を自由にアレンジすることなどが特徴である。ニューマンは1995年「バッハとバロック」なる学術書を出版し、自身の考えを述べている。好き嫌いがはっきりと分かれる演奏だが、一つのスタイルを作ったことは事実である。

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