商品コード:1332-043[DECCA] V.アシュケナージ(pf) / ショパン:スケルツォ4番, 夜想曲1番, ドビュッシー:喜びの島, ラヴェル:夜のガスパール(全3曲)
商品コード: 1332-043
商品詳細:今では指揮者として有名だが、ピアニスト・アシュケナージは1937年ロシア生まれ、1955年ショパン国際コンクールで2位。モスクワ音楽院在学中からメロディア、EMIに録音を開始、DECCAには1963年頃から録音を開始。メジャーな協奏曲から録音を始めた。1965年に初めてピアノ独奏曲の録音を3枚発売した。これはその中の一つ。DECCAの音質も功を奏しバランス良い仕上がり。ウラディーミル・アシュケナージ(1937-)はソヴィエト連邦のゴーリキー(現在のニジニ・ノヴゴロド)の音楽家の家庭に生まれた。6歳でピアノを始め、2年後にはモスクワでデビュー演奏会を開いた。9歳の時にモスクワ音楽院附属中央音楽学校に入学し、アナイダ・スンバティアンに師事した。直接の師はオボーリンで系譜ではイグムノフ一派となる。1955年には18歳でワルシャワで開催されたショパン国際ピアノ・コンクールに出場し、2位に輝いた(優勝はアダム・ハラシェヴィチ)。この時にアシュケナージが優勝を逃したことに納得できなかったアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリが審査員を降板する騒動を起こしたことはよく知られている。この年にモスクワ音楽院に入学、レフ・オボーリンやボリス・ゼムリャンスキーに師事した。翌1956年にはエリザベート王妃国際音楽コンクールに出場して優勝を果たし、これを機にヨーロッパ各国や北米を演奏旅行してセンセーショナルな成功を収めた。1958年英COLUMBIAに録音を行う。1963年からはDECCAの専属となった。音楽院在学中から国際的な名声を確立した。アシュケナージがロシアン・スクール生であったことはすっかり忘れられているがオボーリンの生徒だった。早い時期に西側に出たのでMELODIYA録音は多くない。DECCAに移籍してからは夥しい数の録音を行った。1963年からDECCAの顔として世に出たピアニストであった。その後1970年頃からは指揮者としても名を馳せる。1970年代中期には国際的名声を獲得した。これはまだ初期の録音なので1970年代とは異なり、丁寧に真摯に挑んでいる。特に初のフランス作品の録音であり、得意のショパンとは違った顔を見せた。アシュケナージのED2レーベルは十分に良い演奏であり、音質の良さとともに黄金期を楽しめる録音である。
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