商品コード:1343-061[ARION] R.パスキエ(vn) A.ムニエ(vc) J.d.ドナート(cl) C.ラヴォワ(pf) / メシアン:世の終わりのための四重奏曲
商品コード: 1343-061
商品詳細:メシアン:世の終わりのための四重奏曲は難解な曲が多いメシアン作品の中でも特別に人気が高い曲である。1940年にオリヴィエ・メシアン自身が第二次世界大戦でドイツ軍の捕虜となり、ゲルリッツにあったStalag VIII-A(第8A捕虜収容所)に収容されていたときに作曲された。曲想は『ヨハネの黙示録』10章に基づく。原題は直訳すれば『時の終わりのための四重奏曲』であり(そのように訳される場合もある)、『世の終わり~』は意訳であると言える。ヴァイオリン、クラリネット、チェロ、ピアノという特殊な編成の四重奏曲である。この編成は第二次世界大戦中に起こるメシアンの偶然の出会いの連続で生まれた。1939年8月25日、メシアンは召集されフランス軍の兵士となる。メシアンとチェロ奏者エティエンヌ・パスキエ、クラリネット奏者アンリ・アコカは、ヴェルダンのヴォーバン要塞で出会う。メシアンは自分のクラリネットを持っていたアコカのため、要塞近郊の鳥の鳴き声にインスピレーションを得て第3楽章「鳥たちの深淵」を作曲する。しかし戦争が激化し、1940年6月20日にドイツ軍に捕らえられ、ナンシーの野営地で約3週間留まる。アコカが「鳥たちの深淵」を初めて演奏したのはこの野営地であった。その後3人はゲルリッツ(現ザクセン州、一部は現在ポーランドのズゴジェレツ)のStalag VIII-A(第8A捕虜収容所)に移送される。メシアンが有名な音楽家であることが知られると捕虜の義務を免除され、作曲に集中できるよう別の棟に移された。当初メシアンが作曲していたのは三重奏曲であったが、アンリ・アコカと同じ寝棚であったヴァイオリン奏者ジャン・ル・ブレールが加わり四重奏曲となった。収容所にはチェロやヴァイオリンはいくつかあり、アコカは自分のクラリネットを持っていたが、ピアノは無かった為、四重奏曲のリハーサルは行えなかった。1940年11月にピアノが到着すると、彼らには1日4時間の練習時間が与えられた。初演は1941年1月15日午後6時、第27兵舎でジャン・ル・ブレール(ヴァイオリン)、アンリ・アコカ(クラリネット)、エティエンヌ・パスキエ(チェロ)、オリヴィエ・メシアン(ピアノ)によって行われた。メシアンはこの初演について、「5千人の捕虜を前に演奏された」「極寒の収容所内でチェロの弦は3本しか無かった」と回想し、「私の作品がこれほどの集中と理解をもって聴かれたことはなかった」と語っているが、実際には初演の会場は上記のように400席程度の大きさであり、パスキエは間違いなく弦は4本あったと主張している。2008年はメシアン生誕100年にあたり、収容所跡でこの曲の再演が行われた。初録音は1956年6月アンドレ・ヴァセリエ(クラリネット)、オリヴィエ・メシアン(ピアノ)、ジャン・パスキエ (ヴァイオリン)、 エティエンヌ・パスキエ (チェロ)でLe Club Français Du Disqueに録音された。1963年ERATOにH.フェルナンデス(vn)G.ドプリュ(cl)J.ネイルス(vc)M.M.プティ(pf)で録音があったが、その後1960年代には無く、1970年代に入り数点の録音が行われた中の一つが当盤である。初録音のメンバーであるジャン・パスキエの甥であるレジス・パスキエが参加している点が意義深く、作曲の経緯は叔父からしっかり聴いていたことは想像に固くない。限られた選択肢の中で選ばれてしかるべき録音である。
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