商品コード:1391-055[VSM] I.ストラヴィンスキー/ ストラヴィンスキー:バレエ音楽「オルフェウス」

[ 1391-055 ] Stravinsky, RCA Victor Symphony Orchestra – Orpheus (Ballet In Three Scenes)


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商品コード: 1391-055

作品名:ストラヴィンスキー:バレエ音楽「オルフェウス」/--第1場 Lento sostenuto--エール・ド・ダンス--死の天使の踊り--間奏曲-- | --第2場 復讐の女神たちのパ--エール・ド・ダンス--パ・ダクシオン--パ・ド・ドゥ--間奏曲--パ・ダクシオン--第3場 オルフェウスのアポテオーズ
演奏者:I.ストラヴィンスキー指揮RCAビクターso.
プレス国:フランス, France
レーベル:La Voix De Son Maître
レコード番号:FALP 181
M/S:モノラル, monaural
枚数・大きさ:12インチ, 30cm×1
評価/レコード:7
評価/ジャケット:A
キズ情報:
レーベルタイプ:【フランスでのオリジナル】---銀大ニッパー内溝, 9時にDisques Incassable, 3時にMade in France, フラット重量, スタンパー/マトリクス:D9-LRC-9004 11S/D9-LRC-9005 10S, 1952年頃製造分・Mスタンパーとの2種並存のPathéプレス(フランス最古), Disques Incassable付!
ジャケット:【フランスでのオリジナル】---イラストデザイン折返表コ半ツヤペラ, ⓅⒸなし, ジャケ裏年号:なし
トピックス:【初入荷の希少タイトル!】---1949年2月ニューヨークでのモノラル録音, 録音詳細不明, 米国では1950年頃Radio Corporation Of Americaによりコピーライト登録・同年米RCAからSPが発売されたと思われるが番号不明, 1951年12"LPが米RCA:LM 1033にて初リリース, フランスでは1952年頃La Voix De Son Maître:FALP 181(当装丁)にて初リリース, これはフランスでの初年度リリース分オリジナル, 当社初入荷の希少タイトル!

商品詳細:ストラヴィンスキー:オルフェウスは1947年に作曲した3場からなるバレエ音楽。リンカーン・カースティンの依頼により、ニューヨーク・シティ・バレエ団の前身であるバレエ協会のために作曲され、1947年9月23日に完成した。ストラヴィンスキーは振付のジョージ・バランシンと緊密に連絡しながら作曲した。1948年4月28日、ニューヨークの音楽・演劇センターにおいて、バレエ協会によって初演された。振付:ジョージ・バランシン、オルフェウス役にはニコラス・マガリャネスが出演。初演はセルゲイ・ディアギレフの没後では稀な成功を収め、振付や美術も高く評価された。このバレエの成功を切っ掛けにして、バレエ協会は常設のバレエ団に変わり、名前をニューヨーク・シティ・バレエ団に改めた。新生ニューヨーク・シティ・バレエ団の第1回公演は1948年11月11日に行われ、その出し物は「オルフェウス」、ビゼー:交響曲ハ長調、バッハの2つのヴァイオリンのための協奏曲BWV1043であった。その後もバランシンとストラヴィンスキーは生涯にわたって協力を続けた。ストラヴィンスキーのバレエ作品の中では穏やかで聴きやすい曲である。振付師のジョージ・バランシン(1904 - 1983)はディアギレフの最後の弟子である。バランシンとストラヴィンスキーの直接的な共同作業は、一方ではごく僅かなものであり、他方では最良の距離を保っていたのであり、彼らは作曲家が40年以上後に亡くなるまで続く関係を築いた。1936年に作曲され、1937年4月にストラヴィンスキー自身の指揮でいわゆるアメリカン・バレエ団によってニューヨークで上演されたバレエは「カルタ遊び(Jeu de cartes)」(1936)、「アゴン(Agon)」(1957)、「オルフェウス(Orpheus)」(1947)の3曲だけである。ディアギレフの死後、バランシンはパリで振付家としての地位を確立しようとしていたが、1934年、アメリカ合衆国のダンス興業者リンカーン・カーステイン(1907 - 1996)にニューヨークへ招かれ、彼が設立したアメリカン・バレエ学校を手伝うことになった。このアメリカン・バレエ団は、やがてメトロポリタン・オペラの専属バレエ団として招聘される。ストラヴィンスキーは1925年に初めて米国を訪れ、1939年~ハリウッドに移住した。米国ではまだ無名であったストラヴィンスキーは指揮者としての能力を生かし、自作の啓蒙と自身の印税収入を兼ねて積極的に自作自演活動を行った。コロンビア・レコードのA&Rプロデューサー、ゴッダード・リーバーソンがストラヴィンスキーの作品に興味を持ったことが決定打となり、ストラヴィンスキーによる自作自演の録音プロジェクト「ストラヴィンスキー・コンダクツ・ストラヴィンスキー」を1940年から開始した。リーバーソンは1956年にコロンビア・レコードの社長に就任し、その肝いりでプロジェクトは進められ、最終的にストラヴィンスキーの主要作品をほぼ全て網羅することになる。この企画はブルーノ・ワルターのプロデューサーとして知られるジョン・マックルーアに引き継がれ、ステレオ期まで継続する。1982年に生誕100年を記念してCBSによって31枚組のボックスセットにまとめられ、その秀逸なジャケット・デザインとも相まって、たちまちのうちにコレクターズ・アイテムとなった。これは1949年の録音だが米COLUMBIAは既にLP時代に入っており、音質は非常に良く音質の心配は全くない。

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