商品コード:1392-018p[VSM] Y.メニューイン(vn)/ ブラームス:Vn協奏曲Op.77

[ 1392-018p ] Brahms / Yehudi Menuhin, Orchestre Du Festival De Lucerne ‧ Wilhelm Furtwangler


通常価格:¥ 3,300 (税込)

¥ 3,300 (税込)      

商品コード: 1392-018p

作品名:ブラームス:Vn協奏曲Op.77/--1. Allegro Non Troppo-- | --2. Adagio--3. Allegro Giocoso, Ma Non Troppo Vivace
演奏者:Y.メニューイン(vn)W.フルトヴェングラー指揮ルツェルン祝祭o. E.シャン(ob)
プレス国:フランス, France
レーベル:La Voix De Son Maître
レコード番号:FALP 122
M/S:モノラル, monaural
枚数・大きさ:12インチ, 30cm×1
評価/レコード:7
評価/ジャケット:B : 書き込みあり
キズ情報:
レーベルタイプ:【フランスでの第2版】---銀大ニッパー内溝, 3時にMade in France, フラット重量, スタンパー/マトリクス:2XLV 86-21/2XLV 37-21B, 補助マトリクス:ストレートMスタンパー:M6-144351/M6-145341, 1954年頃製造分・Mスタンパーとの2種並存のPathéプレス
ジャケット:【フランスでのオリジナル】---折返表ツヤペラ, ⓅⒸなし, ジャケ裏年号:なし(フランス最古)
トピックス:1949年8月29-31日スイス・ルツェルン・Kunsthaus, Lucerne・でのSP録音, 録音技師:Douglas Larter, プロデューサー:Walter Legge, 英国では1950年The Gramophone Co. Ltd. Hayes・Middlesex・Englandによりコピーライト登録・同年His Master's Voice:D.B.21000-4(SP・12"×4枚・アルバム入り)にて初リリース, ALP番号の12"LPは未発売→1972年 HLM 7015で初LP化, フランスでは1952年La Voix De Son Maître:FALP 122(銀大ニッパー内溝・Disques Incassable付・フラット盤・当ジャケット入り)にて初リリース→1954年頃同一番号・銀大ニッパー内溝・3時にMade in France・フラット盤・当ジャケット入り(当アイテム)→1963年頃FALP 30001→1982年頃2C 051-01239---と変遷する(中間タイプあると思われる), 米国では1950年米RCA:WDM 1361(45回転7"×5枚・箱入り)→12"LP・LM 1142, これはフランスでの第2版だが2年程度の違い

商品詳細:有名な1949年8月29-31日の録音(長らく1949年9月15日と10月7日とされていたがテープ録音とSP原盤を作成した日らしい)、SPが先行して発売された。これはフルトヴェングラーの音源の一つであり、その初出LPである。Vnに目を向ければ、これより優れたソロは星の数ほどあり、有名なのはフルトヴェングラーの指揮の方である。ルツェルン祝祭o.を振った、珍しい録音でもある。初期ペラ・ジャケはフランス的で美しい。メニューインがフルトヴェングラーの指揮で録音したVn協奏曲はベートーヴェン、ブラームス、メンデルスゾーン、バルトーク2番の4曲だけで、このはその中の1曲。オケはウィーンではなくスイスのルツェルン祝祭o.である。戦後ドイツに進駐したアメリカ軍はフルトヴェングラーを枢密顧問員や帝国音楽評議会議長代理というポストからブラックリストに載せる。ナチス協力者として弾圧を受ける。ポツダムにあったフルトヴェングラーの家は東から進駐したソビエト連邦赤軍によって差し押さえられた。1945年スイスに亡命することになる。ユーディ・メニューインはフルトヴェングラーの窮状を聞きつけ、駆け付けた。フルトヴェングラーが多くのユダヤ人音楽家を救うために尽力したことや、占領地での演奏を拒否したという話を解放後のフランスで聞いたことがきっかけとなったという。1947年からドイツを再訪して、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーと共演していたユダヤ人であるメニューインにとってフルトヴェングラーの窮状はほっておけなかったようで、このあたりのことは2人の美談として多くの資料が残されている。この録音はスイス亡命から4年後の1949年にスイス・ルツェルンで行われたSP録音である。実はブラームスの協奏曲は1947年8月ウィーンで初共演している。メニューインのソロは1949年時点でまだ初期の線の太い輝かしい音を留めており、悪いというほどではない。1950年代後半以降は脊椎の手術の影響の為かボウイングが衰え始める。音色の線が細くなり、音程やリズムに難がある録音も少なくない。その割に録音だけが多かった事から不評は多きものがある。メニューインの評価には時代区分が必須となる。概してフルトヴェングラー指揮の4曲は難もあるが聴ける内容であり、何よりフルトヴェングラーの指揮が補って余りある内容である。一つの歴史的ドキュメントとしての価値も大きい。

Y.メニューインの在庫一覧へ






【特設ページへ移動】







SACD特設ページ

  ex-Twitter


 Facebook


 Instagram


official blog