商品コード:1393-061[RCA] J.ハイフェッツ(vn) G.ピアティゴルスキー(vc)/ ブラームス:Vn・Vcの二重協奏曲Op.102
商品コード: 1393-061
商品詳細:RCAお得意の名手共演、1960年録音。100万ドル・トリオの一人であるフォイアマンを事故で亡くしたRCAは、ピアティゴルスキーを入れて再びハイフェッツを中心とした巨匠共演を制作。米国では1960年豪華なSORIAシリーズで発売。3ch録音の為モノラルも凄い迫力で迫る。ハイフェッツにとってピアティゴルスキーは長年付き合う相棒となる。格安で楽しめるスリリングな二人の共演。ここではチェロのピアティゴルスキーを紹介したい。グレゴール・ピアティゴルスキー(1903-1976)はウクライナのエカテリノスラフ生まれ。モスクワ音楽院でアルフレート・フォン・グレーンらに師事し、15歳でボリショイ劇場のチェリストに就任、レーニン弦楽四重奏団にもチェリストとして参加。1921年、ドイツに渡ってフーゴー・ベッカーとユリウス・クレンゲルという二大名教師の下で研鑽を積み、1924年にはフルトヴェングラーの要請でベルリン・フィルの首席チェロ奏者に就任した逸材である。1929年にベルリン・フィルを辞してからは、ロンドン、パリやアメリカでソロ・デビューを果たし、大きな成功を収め、ヴィルトゥオーゾ・チェリストとしての地位を確立。第2次大戦勃発後はナチスを嫌って渡米し、カーティス音楽院のチェロ科主任教授となり、ハイフェッツ、ルービンシュタインと組んだ「100万ドル・トリオ」の一翼を担った。1960年代以降は、南カリフォルニア大学やタングルウッドで若手の指導に当たる傍ら、盟友ハイフェッツと室内楽シリーズ「ハイフェッツ=ピアティゴルスキー・コンサート」を開催した。録音は主にEMI(1930年代)、コロンビア(1940年代)、RCA(1950~60年代)に大まかに分けられる。少なくともRCAに1968年6月までは録音があった。1942年にアメリカ合衆国市民権を取得している。この録音は「ザ・ハイフェッツ=ピアティゴルスキー・コンサート」の先駆けとなった録音で1960年5月米国ハリウッドで行われた。それら一連の演奏会は1961年から1974年にかけて実際に米国で行われたツアーを指す。100万ドル・トリオは1950年から始まり、ハイフェッツとは長いコンビを組むほど相性が良かった。スタイルは米国流のソロを前面に出し、その迫力で聴かせるタイプだが、レコードで聴く分にはソロが際立って非常に楽しめる録音である。ハイフェッツとピアティゴルスキーは楽器が異なるだけで長年積み上げた実績、二人の流儀がそっくりになっている。最初は違ったのかも知れないが、相棒として仕事を重ねるごとに近付き、やがて同質になってゆく。二重協奏曲にとっては願ってもない資質であり、二人のソロが二人でひとつのように感じられるのである。
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