商品コード:1393-030p[MELODIYA] E.フォイアーマン(vc)/ ハイドン:Vc協奏曲2番Op.101, シューベルト:アルペッジョーネ・ソナタ D.821
商品コード: 1393-030p
商品詳細:ハイドンは1935年ロンドンでの英コロンビアへのSP録音。オーケストラ名の記載はないがロンドン・フィルハーモニー管弦楽団ではないかとされている。フォイアーマンはべルリンで1928年4月/9月ドヴォルザークのVc協奏曲のSP録音もある。ハイドン:Vc協奏曲2番は当初英国COLUMBIAから12"×4枚のSPセットで初リリースされた。1934年と36年には来日公演も果たした有名なチェロ奏者だった。エマーヌエル・フォイアーマン(1902 - 1942)は現・ウクライナのコロミヤ生まれ。フォイアーマンが5歳となった1907年に一家はウィーンへと移り住むが、これはあくまで兄ジグムントのデビューを控えてのものであった。ウィーンにおいてフォイアーマンは、9歳のころから当時ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の首席チェリストでアルノルト・ロゼ主宰のロゼ弦楽四重奏団のメンバーでもあったフリードリヒ・ブックスバウムに師事するようになる。その後ライプツィヒに赴き、高等音楽院に入学してクレンゲル門下となる。フォイアーマンは10代ながら音楽院で教鞭を執り、ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団首席指揮者のヘルマン・アーベントロートの指名により管弦楽団の首席チェリストに就任した。1933年ナチの台頭によりユダヤ系のフォイアーマンは職を解雇されシモン・ゴールドベルクやパウル・ヒンデミットらとともにロンドンへ亡命した。1934年には米国に渡りB.ワルター指揮のニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会に参加する。ソリストとしてもトスカニーニとの共演やハイフェッツ、ルービンシュタインとのいわゆる「100万ドル・トリオ」の結成を行い、米RCAへ録音を開始した。1942年アメリカ市民権を取得したが直後に行った手術の合併症で腹膜炎を併発させ、5月25日ニューヨークで世を去った。従ってフォイアーマンにLP録音は存在しない。旧ソ連NOSP復刻盤は自国に流通したSPを基に独自に復刻した盤で西側のコピーではない。音質も極めて良好!
E.フォイアーマンの在庫一覧へ









