商品コード:1394-031n[ETERNA] V.ノイマン/ マーラー:交響曲9番
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商品詳細:ノイマンがETERNAで入れたマーラーの9番。オケの格の違いなのか、ノイマンがゲヴァントハウスo.を振った録音は非常に良い。渋く豊かな音色は、このマーラーでも生きている。派手さはないが、抑えた美学に彩られている。ETERNAの黒盤ステレオは、例えばDECCAのSXL2000番台のような凄みは無いにしても、自然なステレオ感の程好さと節度がある。あまり現実離れしたような音質は最初から考えていない。ETERNAの良さはそこにある。ヴァーツラフ・ノイマン(1920 - 1995)はチェコ・プラハ生まれの指揮者。プラハ音楽院でヴィオラを学ぶ傍ら、同時に指揮をヴァーツラフ・ターリヒに学んだ。在学中から音楽院内の弦楽四重奏団でヴィオラ奏者を務めた。1945年にチェコ・フィルハーモニー管弦楽団(以後「チェコ・フィル」と略記)のヴィオラ奏者となる。同じ年に音楽院時代の弦楽四重奏団がスメタナ弦楽四重奏団として正式にデビューした。1947年、当時チェコ・フィルの首席指揮者であったラファエル・クーベリックが急病となり、その代役として指揮者デビューを果たし、これ以後、指揮に専念するためスメタナ弦楽四重奏団を退団した。さらに、1948年にクーベリックが共産党支配体制に反発し祖国を離れるとチェコ・フィルの常任指揮者となった。1950年、クーベリックの後任にカレル・アンチェルが就任すると同楽団を離れ、ブルノ交響楽団、プラハ市交響楽団で指揮を執り、その後活躍の場を東ドイツに移す。1957年から1964年までベルリン・コーミッシェ・オーパーの首席指揮者、1964年にはライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の音楽監督およびライプツィヒ市の音楽監督に就任し1968年まで務めた。フランツ・コンヴィチュニーの後任であった。1968年、プラハの春にソヴィエトが介入するとアンチェルはカナダに亡命、ノイマンはその後任としてチェコ・フィルの首席指揮者に就任し、祖国に戻った。ノイマンはこのETERNA時代が彼の黄金期といえる。多くの名演をETERNAに残している。交響詩「わが祖国」はチェコ人であるノイマンでなければ出来なかった本場の演奏といえる。1970年代、SUPRAPHONでも2度録音したが、この1967年録音には敵わない。圧倒的なスケールと本物のスラヴ的気分の名演である!V.ノイマンはマーラーの旧全集で5/6/7/9番の4曲を担当した。
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