商品コード:1398-063p[COLUMBIA] P.クレツキ/ シューベルト:キプロスの女王ロザムンデOp.26(ハイライト)
商品コード: 1398-063p
商品詳細:パウル・クレツキ(1900-1973)はポーランドに生まれたユダヤ系指揮者。1921年にベルリンに留学した。1933年にイタリアに行くが、ファシスト政権の反ユダヤ主義政策の為にソ連に逃れる。しかし今度は1936年にスターリンの大粛清を逃れて、スイスへの亡命を余儀なくされた。1950年代に入ると英国に定住し。英国リバプールpo.の首席として活躍、EMIのウォルター・レッグが彼に目をつけ、HMV社に招聘しし、英国HMVグループの録音に多く参加した。1954年-1955年ロイヤル・リヴァプールpo.の音楽監督を務めた。ポストにはほとんど恵まれなかったが録音は非常に多く、全て客演となる。チェコ人ではないがSUPRAPHONで初めて一人指揮者によるベートーヴェン交響曲全集を1964年~1968年にかけて録音した。あまり知られていないがエルネスト・アンセルメがスイス・ロマンド管弦楽団を1967年に勇退すると、後任の首席指揮者となったのがパウル・クレツキであった。クレツキは1967-1970まで務め、ヴォルフガング・サヴァリッシュに譲った。天下のHis Master's Voiceに多くの実績を残した指揮者である点は再評価されてしかるべきだろう。作曲家としてもフルトヴェングラーに認められるほどの成功を収めた。フルトヴェングラーは、クレツキを弟子として自邸に住まわせたほか、楽譜出版のブライトコップフ・ウント・ヘルテル社やジムロック社に推薦、更にベルリン・フィルを指揮させたりするなど非常に親しい関係にあったという。また1952-1955年までイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督を務めている。1973年ロイヤル・リヴァプール・フィルとのリハーサル中に倒れ、そのまま帰らぬ人となった。録音は驚く程多く、多岐にわたる職人的指揮者であった。EMIに多種多様の録音が存在するがクレツキはバレエ音楽やそれに類する作品を得意とした。シューベルト:劇付随音楽「キプロスの女王ロザムンデ」は当時まだ録音が少なかった時期である。この時期に録音を入れた意義は大きい。全10曲からの抜粋の5曲だが大スケールでパワフル、芯のある音が素晴らしい演奏である。重心が低く安定感のあるモノラルの音は腹に響くモノラル・オーディオファイルプレス!
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