商品コード:1398-056[COLUMBIA] H.v.カラヤン/ ベートーヴェン:交響曲7番Op.92

[ 1398-056 ] Beethoven - The Philharmonia Orchestra, Herbert Von Karajan – Symphonie nº 7 En La Majeur Op. 92


通常価格:¥ 8,800 (税込)

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商品コード: 1398-056

作品名:ベートーヴェン:交響曲7番Op.92/--1.Poco Sostenuto-Vivace-- 2.Allegretto-- | --3.Scherzo (Presto)--4.Allegro Con Brio
演奏者:H.v.カラヤン指揮フィルハーモニアo.
プレス国:フランス, France
レーベル:COLUMBIA
レコード番号:FCX 160
M/S:モノラル, monaural
枚数・大きさ:12インチ, 30cm×1
評価/レコード:7 : Disque incassable付きでは奇跡的盤質
評価/ジャケット:B : 一部色落ちあり
キズ情報:
レーベルタイプ:【フランスでのオリジナル】---紺/銀音符内溝, 9時にDisque incassable付, 6時にMade in France, フラット重量, スタンパー/マトリクス:XAX 168-21/XAX 169-21B, Mスタンパー・M6 144299/M6 144702, 1953年頃の製造分・Mスタンパーとの2種並存のPathéプレス(フランス最古), Disque incassable付最初期分
ジャケット:【フランスでのオリジナル】---緑系イラスト・折返表半ツヤペラ, ⓅⒸなし, ジャケ裏年号:なし(フランス最古)
トピックス:【緑系イラスト・折返表半ツヤペラ・ジャケット入りは初入荷の希少盤!】---1951年ロンドン・キングズウェイホールでのモノラル録音, 録音詳細不明, プロデューサー:Walter Leggeと思われる(記載なし), 英国では1953年Columbia Graphophone Company Ltd. Hayes・Middlesex・Englandによりコピーライト登録・同年英COLUMBIA:33CX 1035(紺/金ツヤ音符中溝レーベル・フラット盤)にて初リリース, フランスでは1953年頃仏COLUMBIA:FCX 160(紺/銀音符内溝・Disque incassable付レーベル・フラット盤・当緑系イラスト・折返表半ツヤペラジャケット入り)にて初リリース(初入荷・当アイテム)→1959年頃・同一番号・紺/銀音符段付・グルーヴガード厚手盤・棒付厚手ボード・ジャケット入りに変更, これはフランスでの初年度リリース分オリジナル, 緑系イラスト・折返表半ツヤペラ・ジャケット入りは初入荷の希少盤!, 市場の大半が棒付厚手ボード・ジャケット入り, ドイツでは1955年独COLUMBIA:33 WCX 1035にて初リリース, 1951-5年初回モノラル全集録音の一つ, 仏COLUMBIA・FCXの音質はイコラーザーの関係か33CX とかなり異なり音が前に張り出す・モノラル・オーディオファイルと言える, 演奏:★★★★+, 音質:★★★★★

商品詳細:カラヤン最初のベートーヴェン全集は1951~55年の英COLUMBIA。その後DGGに3度の全集を入れ、史上初1人で4回全集を作った唯一の指揮者となった。アンチ・カラヤンは何度録音しようが、カラヤンはカラヤンと一刀切り捨てる所だが、この初回ロンドン・キングズウェイでの録音は、帝王と言われてからの録音と異なり、颯爽としたテンポと丁寧さが明らかに異なる。7番は1951年の初年度モノラル録音、昇り龍のような勢いと真剣さが伝わる名演。DGGに移って大きく変わった。FCXの音圧は凄まじく33CXとは全く異なる世界。フランス盤は別世界、モノラル・オーディオファイルに認定!カラヤンは1908年、ザルツブルクの貴族の子として生まれた楽壇の帝王。1948年からウィーンpo.の首席に。ところが、1950年フルトヴェングラーにウィーンpo.から追放される。1946年、ウォルター・レッグの誘いで英COLUMBIAと契約していたカラヤンは、フィルハーモニアo.を振ってベートーヴェンの最初の全集を作る。1954年11月、ドイツ音楽界に君臨していたヴィルヘルム・フルトヴェングラーが急逝したことで、翌1955年にフルトヴェングラーとベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とのアメリカ演奏旅行の代役を果たし成功を収め、この旅行中にベルリン・フィルの終身首席指揮者兼芸術総監督に就任。1959年までフィルハーモニア管弦楽団の指揮者として在籍していたが、1950年代中期から徐々に活動をベルリンに移し初め、1955年~1959年まではベルリンpo.との二足の草鞋を履いた。1956年にはウィーン国立歌劇場の芸術監督に就任すると更に草鞋が増える。1959年以降は完全にベルリンに拠点を移した。しかしこの録音が行われた当時は新進気鋭の若さで売っていた指揮者であり、初回全集録音はカラヤンの最高傑作の一つ。今聴いても、驚くほどのエネルギーと情熱を感じる。交響曲7番は1951年に録音され、フランス盤のイラストペラジャケットは希少!

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