商品コード:1398-007[DECCA] パリ八重奏団 / モーツァルト:ディヴェルティメント17番K.334「ロビニッヒ」
商品コード: 1398-007
商品詳細:モーツァルトのディヴェルティメント17番K.334は全部で20数曲あるディヴェルティメントの中で、おそらく最も有名なものの一つだろう。全体が明るく美しい旋律に富み、流麗や優雅でパリ風の華やかさもある。上品な娯楽音楽として最もふさわしい音楽である。そしてもう一つ、この曲を名高いものにしているのが、第3楽章のメヌエットである。このメヌエットはしばしば『モーツァルトのメヌエット』と呼ばれ、ヴァイオリン独奏や、弦の重奏などで単独でもしばしば演奏され、広く愛好されている。K.334の楽器は 2 hr, 2 vn, va, vc,cb, の5弦2管(ホルン)構成。これは依頼曲で、ザルツブルクの富豪ロビニッヒ(Georg Joseph Robinig von Rottenfeld, 1710-60)の夫人ヴィクトリア(Maria Viktoria, 1716-83, 旧姓アニーザー Aniser)の依頼である。 息子ジークムント(Georg Siegmund, 1760-1823)がザルツブルクの大学を1780年7月に修了するに当たってのフィナール・ムジークと推測され、作品の成立時期はモーツァルトが失意の帰郷をした1779年から自立への道を歩み始める1780年の間と推定されている。1780年頃完成。 モーツァルト一家は古くからロビニッヒ一家と親交があった。 ゲオルク・ヨーゼフ・ロビニッヒは1760年1月15日、妻ヴィクトリアと娘マリア・ヨゼファ(Maria Josepha, 1743-67)を伴ってミュンヘンに旅行中、急死。 モーツァルトの父レオポルトは葬儀にかけつけている。 娘(長女)マリア・ヨゼファも病弱で1767年1月に亡くなった。モーツァルトの伝記に度々登場するソプラノ歌手、マリア・アロイジア(Maria Aloisia)はロビニッヒ一家の三女である。依頼者の 夫人ヴィクトリアは1783年4月24日、ザルツブルクで死去。ウィーンpo.のコンマスのヘッツェル氏はインタビューの中で---「曲の真ん中あたりから作曲者は娯楽音楽ということを忘れているようだ。 教会音楽のような崇高さがあり、ヨーロッパの人が持っている『死の踊り』という考えを思い出させる。」--と述べている。 アインシュタインは次のように続けている。---「最後のロンドで最も純粋に現われているような甘美な感覚性、もしくは、両メヌエットが変形して示すレントラー風のものへの傾きによって、四重奏曲の厳粛さに陥るのを防いでいる。 二番目の緩徐楽章(イ長調)はヴァイオリンのためのコンチェルト楽曲であって、独奏楽器がいっさいの個人的なことを述べたてるが、伴奏も全然沈黙してしまわないという、『セレナーデ』の理想である」。パリ八重奏団(Octuor de Paris)は、フランスのパリを拠点に活動する室内楽アンサンブル。1965年に設立され、 1982年に解散した。主にパリ管弦楽団などの名門オーケストラのメンバーによって構成されている。1970年代から80年代にかけて活発に活動しており、1982年には日本公演も行ってる。クラリネットにはギイ・ドプリュが在籍しK.581、ディヴェルティメント11番K.251なども録音しているが、ここでは未参加。ウィーン八重奏団をモデルにフランスで初の弦楽器と管楽器8人のアンサンブルであった。
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