商品コード:1399-064[RCA] W.ランドフスカ(cemb) / ポーランド古代舞曲集/オギンスキ, ポロネ, ランドフスカ, カート, ラモー, クープラン, ショパン

[ 1399-064 ] Wanda Landowska – Danses De L'ancienne Pologne


通常価格:¥ 6,600 (税込)

¥ 6,600 (税込)      

商品コード: 1399-064

作品名:ポーランド古代舞曲集(Danses De L'ancienne Pologne)/M.K.オギンスキ:ポロネーズ第13番 イ短調「祖国への別れ」, J.L.ポロネ:ガリアルダ, W.ランドフスカ:フランス・オーヴェルニュ地方の舞曲(ブーレ)第2番, D.カート:ポロニカ舞踏, M.K.オギンスキ(W.ランドフスカ編):ポロネーズ ト長調 | ラモー:オペラ=バレ「優雅なインドの国々」~2人のポーランド人のための荘重なエール, クープラン:クラヴサン曲集 第4巻~ 第20組曲 ト長調「ポーランド風の歌」, 古典((W.ランドフスカ編):3つの17世紀のポーランド舞曲~No. 1, ~Nos. 2 And 3, W.ランドフスカ:ザ・ホップ(結婚式の民謡), ショパン:マズルカ 第34番 ハ長調Op.56-2
演奏者:W.ランドフスカ(cemb)
プレス国:フランス, France
レーベル:RCA
レコード番号:630 818
M/S:モノラル, monaural
枚数・大きさ:12インチ, 30cm×1
評価/レコード:7
評価/ジャケット:A
キズ情報:B面6時に無音凸
レーベルタイプ:【フランスでのオリジナル】---アズキ/銀RCA Victor逆内溝, 12時に丸RCA銀塗潰RCAマーク, 6時に▼33, 3時にMade in France by AREA(外周ラウンド), Ⓟ1966, グルーヴガード厚手, スタンパー/マトリクス:630 818 A P1/630 818 B P1, 1966年頃の製造分・AREA s.aのプレス(フランス最古), EMI系プレス存在せず
ジャケット:【フランスでのオリジナル】---折返表コートペラ, 1時に□RCA Victor □〇黒RCAマーク, ⓅⒸなし, ジャケット裏年号:5-66(フランス最古)
トピックス:【入荷の少ない希少タイトル!】---1951年5月12-27日コネティカット州レイクヴィルにあるランドフスカの自宅でのモノラル録音, 録音技師:Leslie Chase, プロデューサー: John F. Pfeiffer, 米国では1951年頃Radio Corporation of Americaによりコピーライト登録・同年米RCA:LM 1186(アズキ/金サークル浅中溝レーベル・フラット盤・赤系厚紙ジャケット入り)→1965年頃同一内容で LM 2830(赤WDレーベル浅中溝レーベル・グルーヴガード厚手盤・写真デザイン厚紙ジャケット入り)に変更, フランスではEMI系レーベルは存在せず1966年仏RCA:630 818(当装丁)にて初リリース, これはフランスでの初年度リリース分オリジナル, 入荷の少ない希少タイトル, 英国で発売されたか不明

商品詳細:これはワンダ・ランドフスカ( 1879 - 1959)の晩年、1951年5月ランドフスカの自宅のある米国ティカット州レイクヴィルの自宅での録音。この時点でランドフスカは72歳でありニューヨークのスタジオまで行くことができず、自宅での録音を条件に承諾したものだろう。晩年になって故国であるポーランドの古い舞曲集を演奏したいという希望があったのではと思われる。国内LPには「パデレフスキーに捧ぐ」の帯が付いていたらしい。大半が初めて聴く音楽ではあるが、ランドフスカの原風景が浮かぶようなLPである。ポーランドの古い舞曲はラテン系作品とは異なり明るい音楽ではない。どちらかといえば陰鬱な曲調が中心となる。A面先頭に配置された1765年生まれのポーランドの作曲家ミハイル・クレオファス・オギンスキの「祖国への別れ」と題されたポロネーズがこのLPの方向性を示している。モーツァルトの6歳下という時代である。この曲は実はアンジェイ・ワイダ監督のポーランド映画「灰とダイヤモンド」の悲劇的なラストシーンで効果的に使われている。日本人にはまったく馴染みのないリズムとメロディーであるがこれがポーランド的なる音楽なのだろう。楽器は例によってプレイエル社のモダン・チェンバロで弾かれた、一聴大味にたとえられる音ではあるが、ランドフスカ以外にこれらポーランドの古い作品をチェンバロで演奏しようとする奏者がいるはずもなく、一つの歴史的ドキュメントしての側面も持つLPである。バッハではないランドフスカの演奏だが、モダン・チェンバロという楽器で古い音楽を再現しようとした先駆者である。選曲からして大衆向けではないこの録音はRCAの意向とは考えにくく、ランドフスカ本人の強い意思で実現したものだろう。1940年パリから米国への命懸けの脱出の末、1941年米国の地を踏むことができた。脱出直前にランドフスカのの所有する音楽院と邸宅の財産はドイツ軍によって徹底的に盗み出され、ほとんど手持ち資産のない状態での渡米であったらしい。1942年ニューヨークのタウン・ホールでバッハのゴルトベルク変奏曲でリサイタルを開き、1959年、RCAビクターに3声のインヴェンションとシンフォニアの録音を完成。同年8月16日、コネチカット州レイクヴィルの自宅で死去。80歳であった。数あるランドフスカのLPの中でもこれは異色、また最も入手の難しい一枚である。LPの最後にショパンのマズルカを選んだ所にランドフスカのこだわりを感じる。

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