商品コード:1399-051[RCA] B.ジャニス(pf) / ショパン:Pf作品集/Pfソナタ2番「葬送」, 即興曲1番, 夜想曲8番, 練習曲集Op.10-5, マズルカ45番, スケルツォ3番
商品コード: 1399-051
商品詳細:バイロン・ジャニス(1928-2024)は東欧系ユダヤ人として、アメリカ・ペンシルバニアに生まれる。8歳の時に初めてのリサイタルを行い、それがロシア出身の名ピアニストのヨーゼフ・レヴィンと夫人ロジーナ・レヴィンの知るところとなり、夫妻の下で2年間にわたってレッスンを受け、その後レヴィンの助手をしていたアナディール・マーカスに師事し、ジュリアード音楽院に進む。1944年、ジャニスが16才の時にピッツバーグで幼いときからの友人であったロリン・マゼールの指揮でラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を演奏した。マーカスは語る。「このとき、既にジャニスはロマン派の音楽に対する豊かな想像力と卓抜な解釈を持っていた」と。既に若い有望なピアニストであったジャニスに大きな幸運がこの時訪れている。コンサートを聴いていたウラディミール・ホロヴィッツが楽屋のジャニスを訪ね、「君のピアノには閃きがある」と語り、「ニューヨークに来たら、電話をしてくれ。是非レッスンをしてあげたい。」と申し出たのだ。そして四年にわたってジャニスはホロヴィッツのレッスンを受けることとなった。ホロヴィッツの3人の弟子の一人として学ぶことになる。1958年にヴァン・クライバーンが第1回チャイコフスキー国際コンクールで優勝をさらうと、米ソの芸術における雪解けムードが高まる。そのような時期の1960年、バイロン・ジャニスは最初のアメリカ人として当時のソ連に派遣され、モスクワ公演を行った。それは驚異的なまでの成功を収め、米ソ交流の架け橋となる。ピアノ王国での海外公演は勇気がいるものだが、ジャニスのスタイルは技巧派だがロシア・ピアニズムとは異なる点が多く、大雑把に言って、アメリカンスタイルではないだろうか。やや大袈裟で見栄を切ったような演芸的スタイルは米国のショービジネスの流れである。ジャニスはわざわざ、この演芸的スタイルで観客を驚かせ、湧かせている。優れた技巧が基本にあるから様になる芸術である。ダイナミズム、そして正確無比、一切の妥協と曖昧さのないピアノを基本として、時に超人的技を見せる公演である。1960年代初め、彼はヴァン・クライバーンと並ぶアメリカのスターとなり、ラフマニノフのスぺシャリストとして名を馳せた。録音は1951年RCAでデビューし、1960年頃MERCURYに移籍した。市場にはMERCURY録音が大半だが、これは珍しいRCA時代の録音。ショパンばかりの6曲入り「ショパン・リサイタル」である。明解であり、やや攻撃的とも言える攻めた演奏で、この前のめりなスタイルが、弱音部の凛々しさを際立たせることになる。ラフマニノフのスタイルをショパンにも適応したジャニス流の「ショパン・リサイタル」。
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