商品コード:1412-044t[HELIODOR] バリリQt. / ベートーヴェン:弦楽四重奏曲16番Op.135, 大フーガOp.133

[ 1412-044t ] Beethoven, Barylli Quartet – Quartet In B Flat Major, Op. 133 ("Grosse Fuge") / Quartet In F Major, Op. 135


通常価格:¥ 16,500 (税込)

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商品コード: 1412-044t

作品名:ベートーヴェン:弦楽四重奏曲16番Op.135 | 弦楽四重奏のための「大フーガ」Op.133
演奏者:バリリQt.
プレス国:ドイツ, Germany
レーベル:HELIODOR
レコード番号:478 113
M/S:モノラル, monaural
枚数・大きさ:12インチ, 30cm×1
評価/レコード:7
評価/ジャケット:A
キズ情報:A面5時に微かに3回程出るスレ, 10時に微かに~極小10回程出るスレ
レーベルタイプ:【ドイツでのオリジナル】---アズキ/金天使ALLE内溝, センターホール上にWESTMINSTER-SERIE, 3時に▽M33, フラット重量, Made in Germanyの刻印, マトリクス:478 113 A/478 113 B, Time Code:B1 SL D/B1 SL E, 1961年2月/1961年2月製造のスタンパーによる1961年製造分・DGGプレス(ドイツ最古), 青ピンクレーベル存在せず
ジャケット:【ドイツでのオリジナル・タイプ】---両面半ツヤペラ, ⓅⒸなし, ジャケ裏年号:10/62
トピックス:1952年ウィーン・Mozartsaal, Konzerthaus, Vienna・でのモノラル録音, 録音詳細不明, 米国では1952年Westminster Recording Co., Incによりコピーライト登録・同年WESTMINSTER:WL 5151(赤/銀中溝レーベル・フラット盤・厚紙ジャケットり)にて初リリース→1957年XWN 18642, ドイツでは1961年頃独HELIODOR:478 113(当装丁・ジャケ裏61)にて初リリース, これはドイツでのほぼオリジナル, フランスでは1950年代 Ducretet Thomsonから発売されたがカップリングが異なる, バリリQt.のベートーヴェンのレコード番号は以下:WL 5203(1/2番)/WL 5211(3/4番)/WL 5140(5/11番・当盤)/WL 5212(6番/Op.29)/WL 5129(13番)/WL 5144(14番)/WL 5151(16番/大フーガ)・後にOp.18の6曲がWN 3302(3枚組箱)/XWN 18121-3(バラ3枚)で再版される, 演奏:★★★★★, 音質:★★★★★

商品詳細:バリリ弦楽四重奏団は1945年、ウィーン・フィルの第1コンサートマスターであったワルター・バリリが、ウィーン・フィルの同僚たちと結成したクァルテットである。メンバーはワルター・バリリ(第1ヴァイオリン)、オットー・シュトラッサー(第2ヴァイオリン)、ルドルフ・シュトレンク(ヴィオラ)、リヒャルト・クロチャック(チェロ)→エマヌエル・ブラベッツ(チェロ)。ウィーン・フィルの派生団体であり、ウィーン国立歌劇場は本居地であり母体となる。ウィーン交響楽団からの派生団体であるウィーン・コンツェルトハウスQt.と対をなす重要な弦楽四重奏団である。ウィーン・フィルの派生団体は時期ごとに名称が変化する。理由はリーダーが交代するごとに団体名が異なる別団体になるからで、ウィーン・コンツェルトハウスQt.との違いがある。1959年、ワルター・バリリが右肘を痛めた為に活動を終了し、バリリQt.は1959年に解散となる。後任の団体は1961年よりウィーン・フィルハーモニー弦楽四重奏団(コンサートマスターのヴィリー・ボスコフスキーが主宰)である。このウィーン・フィルハーモニー弦楽四重奏団ではリーダーで第1Vnがヴィリー・ボスコフスキーに変わっただけで残り3人はバリリ弦楽四重奏団の3人が引き継いだ。バリリ自身は1961年に引退し、演奏活動を終了した。日本では特段の人気を誇るバリリQt.だが1952年頃からほんの数年間の活動期間である。ワルター・バリリ自身の演奏期間も全14年程度と短い期間だった。多くのモーツァルトの弦楽四重奏曲と10曲のベートーヴェンの弦楽四重奏曲は今となっては文化遺産ともいえる重要な録音である。ウィーン・コンツェルトハウスQt.の上をいくのではないかと思われる濃密なウィーン風味は後継団体ではついに再現出来なかった唯一無二の芸術といえる。 ワルター・バリリ(1921- 2022)は1938年にウィーン・フィルに入団し、1940年にはコンサートマスターに就任。バリリQt.は1943年に結成されたが、この録音は結成時のメンバーではない。1951年、当時ウィーンpo.のコンマスだったヴォルフガング・シュナイダーハンが自身の弦楽四重奏を解散することになり、バリリQt.はその団体に残った3人と新たに結成した新団体で、1951年8月から活動を開始した。この新生バリリQt.こそがWESTMINSTERに録音したメンバーにほからない。従って録音は1952年から始まる。1950年から録音があるウィーン・コンツェルトハウスQt.より遅いのはその点である。バリリは1961年に引退後は1966年~1969年まではウィーン・フィルハーモニーの楽団長を務めた。1972年9月1日に退職。1969年以降はウィーン市立音楽院で後進の指導に当たっている。独奏者として引退し、運営面に移った後もオーケストラの後方の席で演奏に加わる事もあり、複数回の来日公演も果たしている。 2021年には矍鑠として100歳の誕生日を祝った。息子はオーストリアの俳優で劇作家のガブリエル・バリリ。岡本和子訳「ウィーン・フィルとともに ワルター・バリリ回想録」に詳しく載っている。米国では1956年にWLシリーズが終了した時点で整理されXWN番号で曲順に再販された。独HELIODORプレスはWESTMINSTER音源をDGGの音質で楽しめる理想的なLPである。なおフランスのHELIODOR盤は仏PHILIPSプレスである。

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