商品コード:1413-006[PHILIPS] N.マリナー/ バッハ:ブランデンブルク協奏曲BWV.1046~1051
商品コード: 1413-006
商品詳細:この録音は英国の音楽学者でチェンバロ奏者のサーストン・ダートが校訂と通奏低音を担当。彼との最後の共同作業となった。サーストン・ダート(1921- 1971)はロンドンに生まれた音楽学者、鍵盤楽器奏者。王立音楽大学で学んだ後、エクスター大学で数学の学位を取得。第二次世界大戦中の空軍勤務を経て、ブリュッセルでベルギーの音楽学者のシャルル・ヴァン・デン・ボーレンに師事。1947年からケンブリッジ大学で教え始め、教授になった。音楽学者として著作「音楽の解釈」の他、音楽雑誌への執筆を盛んに行った。その後ケンブリッジを去って、ロンドン大学に音楽学部を創り、生涯教授を務めた。ネヴィル・マリナーのアカデミー室内管弦楽団はダートが協力して1971年にJ.S.バッハのブランデンブルク協奏曲のオリジナル版を録音。マリナーとダートは共同作業にあたり、彼自身もチェンバロを担当したが、この録音の途中ダートは瀕死で、スタジオに担ぎ込まれるように現れ、録音を終えると担架で病院へ運ばれ、1971年3月6日にそのまま病院で亡くなった。ダートが担当した箇所はブランデンブルグ3/4番である。他の曲はレッパードやマルコムなど4人で分けて演奏している。元々体調が悪かったダートを心配して多人数のチェンバロ奏者が友情出演のような形で協力した。通常は一人のチェンバロ奏者が全6曲を担当するが、この録音は特別な形を取った。しかし結果は最悪の形となりダートは最後の力をふり絞って2曲の録音を終えてこの世を去った。自身が監修した全曲録音を何とか録り終えた直後の死であった。この話はマリナーのブランデンブルク協奏曲のメイン・テーマとしてその後も語り継がれ、ダートの名とともに永遠となった。49歳で死去したダートだが、彼に教えを受けた、影響を受けた演奏家は多く、クリストファー・ホグウッド、デイヴィッド・マンロウ、ジョン・エリオット・ガーディナーなどが挙げられる。ダートは英国のバロック音楽界における先駆者であった。ダートはこの録音を監修するにあたり、バッハの記譜を徹底的に研究した上で、ダート自身による校訂・編曲を反映させた。バッハの自筆譜から作った多くのコピーで名を記憶されているクリスチャン・フリードリヒ・ベンツェル(1735-1801)の楽譜に多くを基づいている。箱には「FIRST VERSION」と印刷されており、これはベンツェルの「献呈稿(バッハ自身による最終稿)」(一般的な版)より以前にダートが復元したケーテン宮廷時代の「初稿復元」を「FIRST VERSION(初期稿)」で演奏された最初の録音なのである。「献呈稿(最終稿)」が一般的な版でケーテン時代の初稿からバッハ自身によって楽器編成やテンポ、パッセージなどの改訂が加えられた完成版とされている。このダートの校訂による初期稿(ダート版)は1958年の自身が指揮したブランデンブルク協奏曲でも一部取り入れられていた。またマリナーの1980年の再録音では(初期稿)ではなく「献呈稿(最終稿)」で録音している。これはマリナーが両者を提示して世に問うた姿勢であると考えられる。ダート版のこの録音で特徴的な2番はトランペットではなく名手タックウェルによるホルンの演奏である。第5番のチェンバロ・ソロは短縮版になっている。フルートのクロード・モントゥーの落ち着いた演奏も印象的である。これは単に1970-1年に録音されたブランデンブルク協奏曲という以上の意味を持った録音なのである。1980年代になると研究は進んで異稿などを集めた全集録音も登場するが、この「初期稿」世界初録音が全ての始まりであった。メンバーを見てもダートに敬意を評して1950-60年代に活躍した大物が名を連ねる。
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