商品コード:1419-005[PHILIPS] P.カザルス(vc)/ シューマン:Vc協奏曲Op.129
商品コード: 1419-005
商品詳細:1953年プラドでのカザルス音楽でのモノラル録音。カザルス(1876~1973)が76歳の録音である。演奏は独特特殊過ぎて、もしコンクールだったら予選落ち確実の演奏である。しかしカザルスが弾けばそれはカザルスだけの音楽としての価値が生まれる。巨匠とはそういうものである。流麗でも格調とも異なる朴訥とした精神性が感じられるやや強引とも言えるメロディーラインが何故聴く者の心を掴んで離さないのだろう。テンポも実に勝手になぞられ、まるでこぶしを回して歌っているようなソロ。プラド・カザルス音楽祭は1950年のここフランス・プラド・サン・ミシェル・ド・キュクサ修道院から始まり、翌1951年だけペルピニャンのマヨルカ王宮で行われた。その次の1952年にまたフランス・プラドに戻り毎年続いた。カザルスの最後の音楽祭出演は90歳記念の1966年だった。その年ごとに演奏テーマが決められ、初年の1950年はバッハ、1951年ペルピニャンではベートーヴェン、1953年にはブラームスやシューマンが取り上げられた。シューマン作品の登場はこの1953年が最初であった。録音は米国COLUMBIAが担当した。したがってプラド・カザルス音楽祭のオリジナル盤は米国COLUMBIA盤になる。ただしその欧州プレスは音質の点で有利であった。プラドはフランスとスペインの国境に近いフランス側の寒村である。何故こんな辺境で開催されたのか?それはカザルスがスペイン内戦に際し、当時長期独裁体制を敷いたフランコ政権を強く批判し、生涯にわたって反ファシズムと平和を訴え続けるためフランス・プラドに亡命していたからである。そしてフランコ政権を承認する国(アメリカやイギリスなど)での一切の公開演奏を拒否する不買運動を長年実践していた為、それら西側の国での演奏が出来なかったからである。1971年、94歳の時に国連本部で「鳥の歌」を演奏し、平和を訴える歴史的なスピーチを行い、二度と故国スペインの地を踏むことはなかった。カザルスの生家があるカタルーニャのアル・バンドレイのカザルスの夏の別荘が「パブロ・カザルス博物館」として公開されている。カザルスは1957年フランスから母の生まれ育ったプエルトリコへ移住する(母の両親はカタルーニャ人)。そこでカザルス自身がプエルトリコ音楽祭を開催した。1960年からは、カザルスはルドルフ・ゼルキンが主宰するマールボロ音楽祭に参加し、演奏家・指導者としてオーケストラを指揮・録音するようになる。カザルスは自身がソロをとるチェロ協奏曲はほとんど録音しなかった。つまり1953年の当録音が自身がソロをとるチェロ協奏曲録音として重要な録音となった。カザルスは1973年にプエルトリコで96歳の生涯を終えた。残念ながらフランコ政権の終焉を見届けることは出来なかったが、1975年11月にフランコが死去したことで独裁体制は終わる。遺言の通り民主主義が訪れた後の1979年に彼の遺骨は故郷に輸送され、現在このアル・バンドレイの博物館のある生まれ故郷で眠っている。
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