商品コード:1422-014[ETERNA] K.ズスケ(vn)/ モーツァルト:Vnソナタ集Vol.1/Vnソナタ41番K.481, 変奏曲K.360, Vnソナタ43番K.547

[ 1422-014 ] Mozart, Karl Suske, Walter Olbertz


通常価格:¥ 16,500 (税込)

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商品コード: 1422-014

作品名:モーツァルト:Vnソナタ集-1/Vnソナタ41番K.481 | VnとPfのための「ああ、私は恋人を失った」(泉のほとりで)による6つの変奏曲K.360, Vnソナタ43番K.547
演奏者:K.ズスケ(vn)W.オルベルツ(pf)
プレス国:旧東ドイツ, Germany East
レーベル:ETERNA
レコード番号:825 896
M/S:ステレオ, stereo
枚数・大きさ:12インチ, 30cm×1
評価/レコード:7/6
評価/ジャケット:A
キズ情報:A面3時に微かに7回出るスレ, 9時に微かに~極小7回出るスレ→7, 1時に1㎝の無音スレ, B面3時に微かに~極小4+10回出るスレ→6
レーベルタイプ:【旧東ドイツでのオリジナル】---黒/銀, グルーヴガード厚手重量, マトリクス:825 896-1C/825 896-2E, Time Cide:F1 W N R/H1 GR NR, 1971年6月/1971年8月製造のスタンパーによる1971年頃製造の製造分・ETERNA工場プレス(最古)
ジャケット:【旧東ドイツでのオリジナル】---緑系窓写真・両面紙ペラ, ⓅⒸなし, ジャケ裏年号:Ag 511/01/71(最古)
トピックス:1970年10月26-29日ドレスデン・ルカ教会スタジオ( Studio Lukaskirche, Dresden)でのステレオ録音, 録音技師: Eberhard Richter, プロデューサー: Eberhard Richter(兼任), 1971年VEB Deutsche Schallplatten Berlin. DDRによりコピーライト登録・同年ETERNA:825 896(当装丁)にて初リリース, これが7枚シリーズのVol.1で初年度リリース分オリジナル, 全7枚分は1967-72年に録音されVol.1→7:825 896/825 979/826 280/826 281/826 647/826 648/827 413(全7枚), 今回盤質は7/6で完品ではないので安価とした・盤質8/7なら35.000円+税となる

商品詳細:ズスケ/オルベルツは、1967年からモーツァルト:Vnソナタの全曲録音を開始し1972年までで主要18曲を7枚のLPに録音した。完全な全集録音ではない。全7枚で主要作品をほぼ網羅したが初期作品などは録音していない。同じくW.オルベルツ(pf)とのベートーヴェン:Vnソナタ全集とほぼ同時並行して進んでいたがベートーヴェンの方は1968年9月~1969年6月という短期間に全10曲を録音して1970年までに全5枚を発売していた。一方モーツァルトの方がスタートは早かったが曲数が多かったことと、1972年に最後の録音分の発売が1980年までズレ込んだ為、モーツァルトの方は散発的な印象を受ける。何方も初めに計画があって進行したはずだが、モーツァルトの方がより手間がかかったようである。しかし出来上がりは何方も素晴らしく、特にモーツァルトに至ってはこの二人以外に敵がいないように感じるほどの素晴らしい録音集となった。歴史的にはモノラル期の神がかったような単発録音はあっても、LP7枚という主要曲録音集として右に出る者はいない仕上がりとなっている。同じころDECCAでS.ゴールドベルク/R.ルプのほぼ全集も存在するが、優劣ははっきりしている。この7枚のLPが揃った暁にはもうモーツァルト:Vnソナタは終了しても良いと思う方が多いだろう。発売は1971年~1980年と幅が広いが、幸いにも最後の録音は黒盤に間に合い、EDを含め全て黒盤で揃う。モーツァルトの青春の息吹をここまで表現したデュオはない。天が与えてくれたこの世の至宝。これを知らずに死にたくない。825 896全7枚あるモーツァルト:Vnソナタ集の最初の1枚である。1970年の録音だが発売は1971年になった。これまで数々のモーツァルト:Vnソナタ集を聴いてきたが、K.ズスケ(vn)W.オルベルツ(pf)のデュオほど自然体でしっくりくる演奏は他になかった。ズスケの持つ弦の音だけでは説明の付かないフィット感がある。それは一体何だろう?モーツァルトのVnソナタには誰しもが抱く理想があるだろう。出来れば若々しい青年モーツァルトの姿が眼前に浮かぶような、半ば夢の中で聴いているような願望があるはずである。ズスケ/オルベルツのデュオがこの願望に最も近しい演奏に他ならない。ズスケの滑るような弦の運びが必須であることは確かだが、演奏者の心の声が表現に乗って我々にしっかりと届いているに違いない。ズスケの内面に青年モーツァルトが居るということに他ならない。これは演奏の上手い、下手という物理的な面とはいささか異なる別次元の話になる。この時代の旧東ドイツでヴァイオリン奏者として生きたズスケという人物がビニール盤を通して投影されている。我々日本人には特に言葉の説明より、音楽好き、モーツァルト好き人間には、聴けば瞬間的に解かる事なのである。だから日本ではカール・ズスケの名の重さが西洋とは異なる。

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