商品コード:1429-058n[DECCA] J.カッチェン(pf)/ ラフマニノフ:Pf協奏曲2番Op.18
商品コード: 1429-058n
商品詳細:1951年初回モノラル録音。骨太のオケで始まる冒頭から独特の空気が立ち込め、ラフマニノフらしい雰囲気が作られる。モノラルらしい、ずっしりとした非常に良い音だ。カッチェンは少し憂いを含みつつ、優しく丁寧に弾いてゆく。ラフマニノフPf協の理想的な姿があるような気がする。こんなにも良い録音がある。カッチェンはDECCAのプロデューサー、カルショウに若くして認められた天才型ピアニスト。当然モノラル時代にこそ、彼の閃きにも似たパッションが味わえる。1958年モノラル/ステレオでG.ショルティ指揮ロンドンso.との2回目録音が有名だが、ソロはこの初回録音がより味わい深い。ジュリアス・カッチェン(1926 - 1969)は米国生まれのピアニストである。ユネスコ国際フェスティバルにアメリカ合衆国代表として出席、フランス国立放送管弦楽団とベートーヴェンのピアノ協奏曲「皇帝」を共演した。1947年の春にヨーロッパ各地を廻り、ローマ、ヴェネツィア、ナポリ、パリ、ロンドン、ザルツブルクで演奏活動を行った。その後はパリに永住することを決意する。1950年代前期にDECCAと契約を交わしたようだ。1969年春、肺癌の為わずか42歳で帰らぬ人となった。短い生涯の間にDECCAには多くの重要な録音を残したが、最大の貢献はブラームスのピアノ独奏曲とピアノ協奏曲の全てを録音したことだろう。DECCAで最初の全曲録音である。以降ブラームスのピアノ独奏曲全集はカッチェンで決まり--という不文律が出来上がったように思う。クオリティの高さと存在感の大きさは牙城の如くこれからも変わることはないだろう。グルダのように若い時期からその才能を認められたピアニストであった。42歳で夭折したことでDECCAへは多くの音楽家が弔辞を寄せたという。カッチェンが1954年に初来日した際、帝国ホテルで行われた対談でこう話している。以下は雑誌に収録された本人の弁である--「(母親だけでなく)祖母にも習いました。祖母はモスクワとワルシャワの音楽学校の先生でした。祖父も音楽理論の教授でした。ですからアメリカ育ちですが、私は実は伝統的なロシアの音楽教育を受けたわけです。私の家庭は、いわば私設のロシアのコンセルヴァトワールでした。」「私が習ったのは、レシェティツキーの流派のメソードですが、個々のそれぞれ異なる性格、音楽性、肉体的条件を尊重し、洞察し、その自然な成長を待つという方法です。」出典:『TBS Vintage Classics/Julias Katchen』のブックレットに記載されている『音楽の友』1955年3月号の「<対談>カッチェンとの五十五分間---。活動期間は20年ほどと短かったがDECCAに大きな遺産を残した。プロデューサーのジョン・カルショウとは家族ぐるみの付き合いがある友人同士だったそうである。理知的であるとともに引き込まれる魅力を持った演奏!
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