商品コード:1429-009[MELODIYA] Y.クラマロフ(va)/ バッハ:VaソナタBWV.1027~1029(原曲:Gambソナタ)
商品コード: 1429-009
商品詳細:通常はガンバ又はVcで演奏するB.1027-9をヴィオラで演奏したMELODIYA初の試み。Vaのユーリ・クラマロフはレニングラード音楽院の教授。彼は当局と折り合いが悪く、冷遇された為録音は少ない。他にモーツァルトのK.364とVn/Vaのデュオがある。一時タニェエフQt.のメンバーだった(幸松氏の著書では触れていない)。ソ連におけるヴィオラ演奏の重鎮である。知らずに聴けばVaとは判らないほど低い音を出す。ゆったりした秀演! ユーリ・クラマロフ(1929- 1982)はモスクワ生まれのヴィオラ奏者、教師、ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国功労芸術家。父親のマルク・モイセーヴィチは技師であり、1937年8月16日にスパイ行為と反ソ連破壊工作・テロ組織への参加の容疑で逮捕され、同年11月5日に銃殺刑に処された。1956年に名誉回復された。母親のアントニーナ・ヴァシリエヴナ・クラマロワは、祖国への反逆者の家族の一員として逮捕され、収容所に送られた後、国外追放された。ユーリは母親の友人に預けられ、大祖国戦争が始まるとタシケントへ疎開した。レニングラード中等専門音楽学校(10年制)もタシケントへ疎開し、ユーリ・クラマロフはその生徒となった。彼はレニングラードの音楽学校を、音楽院のヴィオラ科の創設者であるアーロン・グリゴリエヴィチ・ソーシンと共に卒業した。その後、ユーリ・クラマロフはN・A・リムスキー=コルサコフ記念レニングラード国立音楽院のイサーク・レオンティエヴィチ・レヴィチンのクラスに入り、1953年に優秀な成績で卒業した。その1年後、イサーク・レオンティエヴィチ・レヴィチンが亡くなり、音楽院のヴィオラ科は卒業したばかりのユーリ・クラマロフに引き継がれた。ユーリ・クラマロフは亡くなるまで音楽院で教鞭を執った。1953年、ユーリ・クラマロフはレニングラード・フィルハーモニー管弦楽団のロシア連邦名誉アンサンブルに入団し、全ソ連コンクール第1位および第6回世界青少年学生祭典(1位および金メダル)の受賞者となった翌年、E.ムラヴィンスキーに招かれ、ヴィオラ楽団のコンサートマスターに就任した。1957年以来、ユーリ・クラマロフは名誉アンサンブルの四重奏団で演奏しており、そのメンバーはオーケストラの演奏家たち、すなわちヴァイオリニストのラザール・ゴズマンとコンスタンティン・ヴァレンベルク、ユーリ・クラマロフ自身、そしてチェリストのレフ・フィシュコフであった。1963年、A.リムスキー=コルサコフ弦楽四重奏団に移籍した。1963年ユーリ・クラマロフはレニングラード音楽院の准教授となり、1972年には教授となった。ガンバ・ソナタをヴィオラで演奏する録音はWESTMINSTERのポール・ドクトルが最初と思われ、既に1950年代後期からあるが全体に録音は少ない。MELODIYAではこれが初録音である。クラマロフは落ち着いたゆっくりしたテンポで息の長いボウイングで演奏。録音史の中でもとりわけ素晴らしい演奏となっている。
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