商品コード:1431-050[CONCERTEUM] F.ブッシュ/ ベートーヴェン:交響曲8番Op.93, ハイドン:交響曲101番Hob. I:101 「時計」

[ 1431-050 ] Haydn - Beethoven - Fritz Busch - Wiener Symphoniker - Sinfonie Nr.101 D-Dur (Die Uhr) - Sinfonie Nr.8 F-Dur Opus 93


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商品コード: 1431-050

作品名:ベートーヴェン:交響曲8番Op.93 | ハイドン:交響曲101番 Hob. I:101 「時計」
演奏者:F.ブッシュ指揮ウィーン・トーンキュンストラーo.
プレス国:フランス, France
レーベル:CONCERTEUM
レコード番号:CR 208
M/S:モノラル, monaural
枚数・大きさ:12インチ, 30cm×1
評価/レコード:7
評価/ジャケット:A
キズ情報:
レーベルタイプ:【フランスでのオリジナル】---黒銀輪中溝, 6時に指揮者, フラット重量, スタンパー/マトリクス:EL-LKC-3865-1 A2D/EL-LKC-3866-1A, 1954年頃製造分・プレス不明(フランス最古)
ジャケット:【フランスでのオリジナル】---黄緑系厚紙, ⓅⒸなし, ジャケ裏年号:なし(フランス最古)
トピックス:【入荷の少ない希少タイトル!】---ベートーヴェン:1950年10月25日/ハイドン:1950年10月16–20日オーストリア・ウィーン・ Brahms Saal, Wiener Musikverein.・でのモノラル録音, 録音詳細不明, 米REMINGTON音源, 米国では1953年頃 Remington Records, Inc.によりコピーライト登録・同年REMINGTON:R-199-149にて初リリース, フランスでは1954年頃CONCERTEUM:CR 208(当装丁)にて初リリース, これはフランスでの初年度リリース分オリジナル, 仏プレスは希少, 簡素で文字のないブランク・ジャケットの場合も多いがこれは正規ジャケット入り, 奇跡的にキズはない, ハイドンのみ米Remington:RLP 149-32(10")が初出, 1962年頃仏VOX:GBY 12350(ウィーンso.の表記に変わったが誤植と思われる)で再版された, 演奏:★★★★★, 音質:★★★★

商品詳細:F.ブッシュが第一級の指揮者であったことはよく知られているが、それを示す録音が乏しい。多くがPeriod等の米マイナー・レーベルに集中しているからだ。その為、質の良い欧州盤で聴くチャンスがなかなか無いのが現実。今回、仏プレスで聴けるのは幸い。ウィーン・トーンキュンストラーo.を振ったこのベートーヴェン8番が、まるでシューリヒトのようなスタイルで大注目。モノラルならではの力強さと迫力、瞬発力の強さがしっかりと伝わってくる名演。その実力の割りに評価されていないF.ブッシュを是非!米REMINGTON音源だが流石にフランス盤の音楽性は高い。音の鮮度は高いまま、耳が痛くならないまろやかな音質! ジャケット表記でオケはオーストリア国立交響楽団(The Austrian State Symphony)となっているが、契約の関係で本当の名称が使えなかった。実際はトーンキュンストラーo.であると思われる。再版ではウィーンso.としている盤も有るがトーンキュンストラーo.が正しいと思われる。オーストリア国立交響楽団という団体は存在しない。なおオケの表記はオーストリア・シンフォニー・オーケストラであるが、実際はウィーン・トーンキュンストラーo.である。このオケは1907年設立でニーダーエスターライヒ州のザンクト・ペルテンと、ウィーンのウィーン楽友協会である。ニーダーエスターライヒ州はオーストリア北東部でウィーンではない。ドイツ語名で Tonkünstler-Orchester Niederösterreichであり、ウィーンの名を付けるのは日本だけらしい。実際ザンクト・ペルテンはウィーンから55キロ程離れていて、鉄道で30分程度かかる距離である。ウィーンが第一拠点で、ウィーン楽友協会の大ホール(黄金のホール)でコンサートを行っている。ザンクト・ペルテンの「フェストシュピールハウス」を第2の活動拠点としている。オーケストラの名称の起源は、ハイドンやモーツァルトの時代にコンサートを企画していたウィーンの「音楽家協会」(Tonkünstler-Sozietät)である。LP初期の首席指揮者はクルト・ヴェス(1946年 - 1951年)で米REMINGTONに多くの録音がある。フリッツ・ブッシュはこのオケの常任指揮者だった、という関係ではない。しかしブッシュはナチ時代にドイツ/オーストリアの音楽界から離れ、戦後は主にデンマーク、アメリカなどで活動していた。そして1950年10月、ウィーンの楽友協会でウィーン・トーンキュンストラーo.を指揮してベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」、ベートーヴェン:交響曲第8番、ハイドン:交響曲第101番「時計」を録音した。さらに10月15日にはウィーン交響楽団とベートーヴェン第7番を放送用に録音している。この録音時点でウィーン・トーンキュンストラーo.はフリッツ・ブッシュを名誉団員(Ehrenmitglied)に任命したとされている。このオケはレーベル、レコード会社により名称に大きくバラつきがあり、いずれもTonkünstlerが入るが最低5種の表記が確認できる。このオケが誤解されやすい事柄として、2箇所の拠点があったことである。ザンクト・ペルテンの団体でありながらウィーンでも活動・録音を行った点にある。ブッシュは翌1951年9月30日に61歳で亡くなる。ブッシュの録音は全てウィーンで行われた。

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